馬の仙腸関節の注射での合併症
話題 - 2023年04月22日 (土)

仙腸関節とは、背骨と骨盤を連結しているL字型の関節で、この部位での疼痛は、ハンター飛越や障害飛越などの競技馬に好発します。一般的に、馬の仙腸関節は、画像診断をするのが困難な箇所であるため、関節内への局所麻酔薬の注入(診断麻酔)によって、仙腸関節での疼痛の限局化が試みられる事があります。また、治療薬を局所投与する目的で、関節注射が実施されることもあります。
ここでは、馬の仙腸関節注射における合併症に関する知見を紹介します。この研究では、米国と欧州の馬臨床医に対して、オンラインでの聞き取り調査が実施され、仙腸関節注射における手技、成績、合併症などの傾向が解析され、オッズ比(OR)の算出によって危険因子が評価されました。
参考文献:
Nagy A, Dyson S. Complications following diagnostic and therapeutic sacroiliac joint region injections in horses: A study describing clinicians' experiences. Equine Vet J. 2023 Feb 2. doi: 10.1111/evj.13929. Online ahead of print.
結果としては、仙腸関節注射を実施したことのある212人の臨床医のうち、診断目的での注射をしたのは110人、治療目的での注射をしたのは187人、両方の目的での注射をしたのは49人となっていました(重複あり)。このうち、仙腸関節への注射後における合併症は、診断目的の注射では48%(59/110人)の臨床医が経験しており、治療目的の注射における18%(33/187人)、および、両方の目的での注射における12%(6/49人)よりも顕著に多くなっていました。

この研究では、仙腸関節注射の合併症として最も多かったのは、後肢の虚弱や運動失調であり、診断目的の注射では40%(44/110人)の臨床医が経験していました(治療目的では8%で、両方の目的では4%)。また、次に多かった合併症は起立困難であり、診断目的の注射では19%(21/110人)の臨床医が経験していました(治療目的では6%で、両方の目的では4%)。その他の合併症としては、片側性の坐骨神経麻痺および腓骨神経麻痺が見られ、いずれも診断目的の注射では10%(11/110人)の臨床医が経験していました(他の目的では0〜3人)。更に、シヴァー病や鶏跛に類似した歩様、限局的な発汗、陰部筋群の機能異常、尾根を持ち上げる徴候などを示した個体も見られました。
このため、馬の仙腸関節注射においては、かなりの数の臨床医が合併症を経験していることから、注射することによる利益と損害のバランスを熟慮すると同時に、合併症のリスクを、事前にインフォームドコンセントしておくことの重要性が再確認されるデータが示されたと言えます。また、診断目的での注射において合併症が多かった要因としては、局所麻酔薬が神経根や脊髄神経の周囲に迷入した可能性が示唆されており、注射手技の正しい知識を持ち、熟練を積むことが大切であると考えられました。

この研究の限界点としては、仙腸関節注射における合併症を経験した臨床医の数が調査されているのみで、合併症の発生率は評価されていない事が挙げられます。過去の文献では、118頭の症例馬に対する167回の仙腸関節の診断麻酔のうち、合併症(同軸側後肢の歩様異常)が発生したのは僅か0.6%(1/167回)であったという報告があります(Nagy et al. EVE. 2020;32:144)。また、他の文献では、143頭の症例馬に対する203回の仙腸関節の診断麻酔のうち、合併症(運動失調と筋炎)が発生したのは0.9%(2/203回)であったという知見もあります(Offord et al. PLoS One. 2021;16:e0247781)。これらは、いずれも一過性の合併症で、症状は数時間で消失して、長期的な悪影響も無かったと報告されています。
この研究では、仙腸関節注射の合併症に起因して、斃死または安楽殺となってしまったケースは、治療目的の注射では2.7%(5/187人)の臨床医が経験していたことが分かり、診断目的での注射(0.9%)および両方の目的での注射(0%)よりも多くなっていました。このため、診断目的で注射された局所麻酔薬は、数時間で効能を失うのに対して、もしも注入された治療薬が、神経根や脊髄神経などの周辺に迷入した場合には、その代謝に長時間を要して、より重篤な合併症に繋がる危険性が高いと考察されています。

この研究では、仙腸関節注射のための穿刺方法として、対側仙骨部からの頭側アプローチが48%と最も多く、次いで、同側仙骨部からの頭側アプローチ(41%)、同側仙骨部からの尾側アプローチ(7%)、同側仙骨部からの頭側と尾側アプローチ(4%)となっていました。また、注射の際に鎮静剤を使う臨床医は71%で、穿刺箇所の皮膚を局所麻酔する臨床医は55%、エコー誘導を併用する臨床医は56%となっていました。なお、使用する針は、脊髄針が94%を占め、その74%が真っ直ぐな針であり、長さは13〜16cmが最も多く(42%)、次いで、16cm以上(34%)、10〜13cm(17%)、5〜10cm(7%)となっていました。
この研究では、仙腸関節注射の手技のうち、幾つかの要素が、合併症のリスクを増加または減少させることが示されました。例えば、注射する薬液の量が1mL増すごとに、合併症を起こす確率が4%増える(1mLごとのOR=1.04)ことが分かりました。また、使う針が5〜16cmであった場合に比較して、注射針の長さが16cm以上の場合には、合併症を起こす確率が20倍以上も高くなる(OR=20.63)というデータも示されました。更に、曲針を用いて注射した場合には、直針に比べて、合併症を起こす確率が1/10以下まで低くなる(OR=0.09)ことも分かりました。

このため、馬の仙腸関節への注射に際しては、出来るだけ少量の薬液を注入することに併せて、長さが16cm未満の曲針を使用することで、合併症のリスクを減少できる可能性が示唆されました。しかし、多因子回帰分析の結果では、有意な危険因子は薬液量のみとなっており、注射針の長さや形状は、他の因子との相互作用があったものと推測されています。また、臨床医の経験(過去に行なった仙腸関節注射の回数)やアプローチ法の違い、鎮静剤や皮膚ブロックの有無、エコー誘導の使用、実施場所の違い(往診 v.s. 二次病院、および、枠場の使用の有無)などは、合併症のリスクと有意には相関していませんでした。
この研究では、仙腸関節に対して、診断目的での注射で用いる薬剤では、メピバカインが90%を占めていました。一方、治療目的の注射で用いる薬剤では、メチルプレドニゾロン(42%)とトリアムシノロン(40%)が殆どで、次いで、デキサメサゾン(8%)、イソフルプレドン(5%)、ベタメサゾン(5%)となっていました。また、注射する際には、左右両方の仙腸関節に注射する臨床医が84%に上っていましたが、診断目的での注射に限って言えば、片側の仙腸関節だけに注射する臨床医も50%ありました。これらの注射薬や注射箇所の差異は、いずれも、合併症のリスクと有意には相関していませんでした。
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