調馬索による馬の関節への影響
馬の飼養管理 - 2023年04月24日 (月)

馬の調馬索運動(ロンジング)は、様々な馬術競技のトレーナーや馬主によって行なわれる一般的な運動方法であり、若齢馬を鞍付けする際に使用されたり、競技馬の調教を進めるために使われたりする事があります。
しかし、近年の研究では、調馬索でもたらされる効果を考慮することが重要であるという警鐘が鳴らされており、調馬索の実施者は、馬が回転運動するときの生物力学を理解し、関節組織の健康と、馬の競技キャリアを長期的にサポートするため、最良な手法を選択する必要があると提唱されています。ここでは、馬の調馬索において、関節への悪影響を避けるための手法を解説した知見を紹介します。
参考資料:
Haylie Kerstetter. The Effects of Longeing on Your Horses’s Joints. The Horse, Article, Bone & Joint Problems, Conditioning, Horse Care, Lameness, Monitoring Exercise Performance, Sports Medicine: Dec14, 2022.
調馬索が馬の肢に与える影響
馬が円を描きながら移動したり、多様な様式でターンをする際には、外側の肢で馬体を押し出し、内側の肢でそれを受け止める事になります。米国のニュージャージー州の獣医師であるのグレッグ・スタラー博士は、馬の下肢にある蹄関節、冠関節、球節は、内外側への可動性が殆ど無く、頭尾側方向のみに動くようになっており、馬体が円を描いて移動する場合には、馬の肢が地面に平らに接地しようとするため、内側の側面は圧迫され、外側の側面には張力が掛かる、と述べています。

このような、肢の内外側での荷重の不均衡性は、外側にある靭帯への負担を増し、内側の関節軟骨への圧迫を増加させます。スタラー博士によれば、調馬索での運動がうまく制御されていない場合には、急性の運動器損傷を起こす可能性が高く、うまく制御されている場合でも、反復的な負荷によって、微細損傷が蓄積してしまう可能性があると述べています。
実は、調馬索運動では、たとえ低速度の運動であっても、動物の四肢の構造物に変化を引き起こすことがあります。ミシガン州立大学のブライアン・ニールセン博士の研究では、子牛を用いた実験において、回転運動をさせた内外側の肢の軟骨に、分子構造的な差が見られることが分かっており、この変化は、僅か七週間の常歩運動をしただけで差異が発生していました。このため、馬のように、週に3〜5日も調馬索運動を実施する動物の関節の健康状態が、どのような影響を受けるかが懸念されるという考察がなされています。
肢に悪影響を与えない調馬索の手法
馬の調馬索では、速度や円の大きさなどの要因が、不均等な肢への負荷に影響することが明らかになっています。基本的に、速いスピードで運動したり、小さい半径で回転するときには、馬は外側の肢でより多く押し出すことになります。言い換えると、速度を適度に抑えたりや、半径の大きい回転にすることで、馬は四肢をより均等に使うことが出来るようになります。
また、回転時に発生する遠心力も一つの要素であり、馬は遠心力に対抗してバランスを保つため、円の内方へと馬体を傾けようとする、とスタラー博士は述べています。馬体を傾斜させながら、肢を表面に平らに着地させようとすると、肢の内外側には異なった力が掛かるだけでなく、内外側への負荷の差が大きくなります。このため、速度が増したり、回転半径が小さくなるに連れて、関節に作用するこのような負荷が増幅される、とスタラー博士は付け加えています。

さらに、前述の研究者達は、調馬索を実施するときの歩法によって、関節に与える影響に差異が生じることも示しています。馬が行なう主要な歩法のうち、速歩が最も安定しており、常歩や駈歩に比べて、調馬索運動において関節にかかる負担が少なくなると言われています。
理想的な調馬索の条件としては、速度がうまく制御されていて、半径の大きな円を描き、馬が正しく体を使い、馬体が直立していて、体躯と背中のトップラインを活用している状態であると述べられています。また、丸馬場で地上横木を通過させる運動では、蹄が地面に対してより水平に接触することになるため、馬が回転運動をより均等化するのに役立つとも言われています。
また、馬主やトレーナーは、馬の関節を最大限に保護するため、可能な限り、調馬索の代替手段を検討することが推奨されています。騎乗してのウォーミングアップは、馬のペースや歩幅をより良くコントロールできるため、好ましい選択肢です。そして、放牧も代替手段として有用であり、馬に自由な運動、摂食、馬同士の自然な交流の時間を与える点で、騎乗や調馬索では得られないメリットがあると提唱されています。
更に、調馬索が関節に与える影響を考えるときに、馬の年齢も重要な役割を果たすと言われています。一般的に、若齢馬の骨や軟部組織は、高齢馬よりも柔軟でしなやかですが、一方で、骨や靭帯の強度は、トレーニングと運動によって増強されるため、若齢馬の骨や靱帯は未熟で、高齢馬ほど強化されていない可能性がある、という警鐘も鳴らされています。

特に、三歳未満の馬では、まだ成長板が閉鎖していないため、微細損傷を引き起こす可能性があり、過度の調馬索運動によって、靭帯や関節軟骨だけでなく、成長板を損傷させてしまうリスクも心配されます。この結果、肢の骨格配置や肢勢に悪影響を与える可能性があるため、馬主やトレーナーは、若齢馬を調馬索する際には、充分に制御された方法で実施する必要がある、と述べられています。
調馬索による悪影響を防ぐために重要なこと
言うまでも無く、成長期の馬を充分に運動させることは、骨、軟骨、腱、靭帯にとって有益であることは間違いありませんが、長時間の運動が若い馬の運動器に与える影響については、まだ多くの研究が必要であると指摘されています。
結局のところ、どの年齢の馬であっても、適度に制御された速度で、十分に大きな円を描かせ、調馬索運動の過剰使用を避けることが、馬の関節を保護し、健康かつ長い競技キャリアを維持するために最も効果的な方法であると言えるでしょう。
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