馬の息労でのBAL液中のエヌガル濃度
話題 - 2023年04月09日 (日)

一般的に、気管支肺胞洗浄(BAL: Broncho-alveolar lavage)で採取した体液は、下部気道の病態を反映することから、息労(回帰性気道閉塞)などの呼吸器疾患の診断に応用されています。
一方で、エヌガル(NGAL)とは、好中球ゼラチナーゼ結合性リポカリン(Neutrophil gelatinase-associated lipocalin)の略号で、腎臓前駆細胞の分化誘導因子として同定された蛋白質であり、急性腎不全において尿中および血中での濃度上昇を呈することから、腎疾患の早期診断に応用されています。そして、近年では、腎臓以外にも、好中球でも発現が見られることから、多様な疾患の早期診断の指標として、他の体液成分における濃度の有意性が注目されています。
ここでは、息労の罹患馬におけるBAL液中のエヌガル濃度の有用性について評価した知見を紹介します。この研究では、デンマークのコペンハーゲン大学の獣医病院において、内視鏡検査による気管粘膜スコアの評価、BAL液の細胞診、血中とBAL液中のエヌガル濃度測定が行なわれた、軽度~中程度の息労の罹患馬(98頭)、重度の息労の罹患馬(56頭)、および、対照馬(73頭)における検査値の比較が行なわれました。
参考文献:
Hansen S, Otten ND, Spang-Hanssen L, Bendorff C, Jacobsen S. Neutrophil gelatinase-associated lipocalin (NGAL) as a potential biomarker for Equine Asthma. Equine Vet J. 2023 Mar 28. doi: 10.1111/evj.13939. Online ahead of print.
結果としては、BAL液中のエヌガル濃度は、対照馬(13.3μg/L)よりも、息労の罹患馬(25.6μg/L)のほうが有意に高いことが分かりました。また、軽度~中程度の息労の罹患馬での測定値(18.5μg/L)は対照馬より高く、重度の息労の罹患馬での測定値(54.1μg/L)はそれより更に高くなっていました。そして、内視鏡検査での気管粘膜スコアを見ると、BAL液中のエヌガル濃度は、スコア2以上の症例(21.1μg/L)のほうが、2以下の症例(15.6μg/L)よりも高くなっていました。

このため、馬の息労においては、BAL液中のエヌガル濃度を測定することで、息労の推定診断の一助になることが示唆されており、息労の重篤度を見分けるのにも役立つと推測されています。また、一次疾患のタイプに関わらず、BAL液中のエヌガル濃度は、気管粘膜の炎症病態とも相関するため、下部気道炎の早期診断にも有用であると考察されています。なお、この研究では、血中のエヌガル濃度においては、対照馬と息労の罹患馬とのあいだで差異はありませんでした。
過去の文献では、馬の急性腎不全において、血中エヌガル濃度がバイオマーカーになるという知見や、寄生疝の罹患馬において、腹水中のエヌガル濃度が早期診断の指標になり得るという報告がなされています。一方、ヒト医療の分野では、エヌガルの活性が多様な組織(気道粘膜を含む)にて確認されており、細菌感染や酸化ストレスを制御する機能を担っていることが示されています。また、ヒトの喘息では、血漿または血清中のエヌガル濃度がバイオマーカーになり得ることが分かってきており、喘息の患者で高値が認められたり、喘息のタイプを鑑別するにも役立つことが示されています。
この研究では、二次病院での症例が調査対象となっており、一次診療での治療に不応性を示して、二次診療に紹介された息労の罹患馬が多かったと推測されることから、BAL液中のエヌガル濃度が、息労の早期診断に有益か否かを評価するには、必ずしも最適なサンプル集団ではなかったと考えられました。また、息労以外の呼吸器疾患(細菌性肺炎、IAD、EIPHなど)を発症した馬も調査対象には含まれていなかったため、BAL液中のエヌガル濃度が、息労と類似症状を示す他の呼吸器疾患との鑑別診断に役立つかどうかは、今後の追加研究を要すると考察されています。

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参考文献:
Kawagoe J, Kono Y, Togashi Y, Ishiwari M, Toriyama K, Yajima C, Nakayama H, Kasagi S, Abe S, Setoguchi Y. Serum Neutrophil Gelatinase-associated Lipocalin (NGAL) Is Elevated in Patients with Asthma and Airway Obstruction. Curr Med Sci. 2021 Apr;41(2):323-328.
Wang J, Lv H, Luo Z, Mou S, Liu J, Liu C, Deng S, Jiang Y, Lin J, Wu C, Liu X, He J, Jiang D. Plasma YKL-40 and NGAL are useful in distinguishing ACO from asthma and COPD. Respir Res. 2018 Mar 27;19(1):47.