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血液精製物による馬の関節炎の治療

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馬の健康問題のうち、約八割を運動器疾患が占めており、そのうち、最も多いのが関節炎であると言われています。これには、競走馬の腕節炎や球節炎、乗用馬の飛節内腫やリングボーン、および、若齢馬のOCDやボーンシストに併発する変性関節疾患(DJD)から、高齢馬の顎関節炎に至るまで、多様な年代の馬において、多くの病態が起こり得ます。

ここでは、馬の自己血液から精製される物質を用いた関節炎の治療に関して、その概要を解説した知見を紹介します。

参考資料:
Stephanie L. Church, Editorial Director: Using Autologous Blood Products to Manage Arthritis in Horses. Arthritis & Degenerative Joint Disease, Article, Regenerative Medicine, Vet and Professional: Feb 8th, 2023.

馬における再生医療は、1990年代半ばから臨床応用が始まり、自己血液から遠心分離した成分を、損傷組織に注射することで、治癒を促進するというのが、基本的なコンセプトになっています。また、時代の経過に伴って、臨床医は様々なアプローチを試みており、骨や軟部組織における色々な損傷タイプに応じた治療法が検討されてきました。



馬の再生医療の原理と指針

一般的に、馬の怪我が治っていく時には、「修復」と「再生」という現象が起こります。このうち、修復とは、瘢痕組織の形成を伴なう治癒過程を指すのに対して、再生とは、元々の組織に類似した生体力学的機能を持った、新しい組織が形成される治癒過程のことを指します。

通常、再生医療という用語は、罹患組織の微細環境を改善して、元々あったのと同じ構造物を再構築させようとする治療法を指しています。その際には、瘢痕組織の形成を最小限に抑えることも大切であり、そうすることで、最終的に、生体物理学的かつ機能的に優れた組織の再生を達成することが可能となります。

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再生医療を施すときには、サイトカインという伝達物質をブロックする蛋白質が有用であり、サイトカインが組織を破壊する作用を抑えることで、治癒を促進することに繋がります。この代表例としては、インターロイキン1受容体拮抗蛋白質(Interleukin-1 receptor antagonist protein)が挙げられ、略号から「IRAP(アイラップ)」とも呼ばれています。

また、血液中の血小板のアルファ顆粒には、組織の再生を直接的に刺激する伝達物質が含まれており、これを成長因子(Growth factor)と読んでいます。この成長因子によって、細胞成長、細胞増殖、細胞生存、炎症緩和などが誘導され、組織治癒が促進されます。

一般的に、ヒト医療において再生医療を施すときには、骨髄液や幹細胞を用いることもありますが、侵襲性が高かったり、治療までに時間が掛かることや、細胞培養や処理のために大掛かりな設備を要するというデメリットがあります。このため、馬の運動器疾患に対しては、馬の自己血液からの精製物による再生医療が臨床応用されており、これには、ACS、PRP、APS、A2Mなどのタイプがあります。



ACS療法

ACSとは、自家調整血清(Autologous Conditioned Serum)の略であり、馬自身の血液をボロシリケイトガラス製のビーズと一緒に処理することで精製されます。この処理によって、IRAPやインターロイキン10などの抗炎症作用を持つ蛋白質が白血球から分泌され、これを濃縮して治療部位に注射することで、組織治癒を促進することが出来ます。

馬の腕節炎の実験モデルでは、ACSの関節内注射によって、跛行の改善と関節内のIRAP活性の上昇が認められ、関節軟骨や滑膜の炎症も減少していたことが示されています。つまり、馬の関節炎に対するACS療法では、症状修飾効果(Symptom-modifying effect)と疾患修飾効果(Disease-modifying effect)の両方が得られたと結論付けられています。

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PRP療法

PRPとは、多血小板血漿(Platelet-Rich Plasma)の略であり、自己血液を遠心分離処置することで、赤血球や白血球を取り除き、血小板を高濃度に含有した血漿を精製したものになり、高濃度の成長因子を損傷部位に作用させることが出来ます。近年では、一回遠心、二回遠心、垂直遠心、濾過分離など、血小板を抽出する多様な手法が研究されており、全血よりも5〜7倍も高い血小板濃度が達成されています。

また、PRPに少数含まれる好中球は、リポキシンと呼ばれる抗炎症蛋白質を分泌して、組織再生の制御を担うことが分かっており、これを再生的炎症(Regenerative inflammation)と呼んでいます。過去の知見では、屈腱炎や靭帯炎に対するPRP注射によって、腱靱帯組織の生化学組成や治癒過程の向上が達成されています。また、関節炎に対するPRP療法では、競技復帰成績は対照群と有意差が無かったものの、復帰後における関節炎の再発率は、PRP治療群のほうが少なかったことが報告されています。

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APS療法

APSとは、自家蛋白溶液(Autologous Protein Solution)の略であり、自己血液から血球分画を遠心分離したあと、吸水ビーズ処理して蛋白質成分を抽出したものになります。このため、ACSは全血に比較して、IRAP蛋白質と血小板の両方の濃度が高値を示すことが分かっています。

過去の研究では、自然発症した関節炎の罹患馬に対するACS関節注射によって、跛行症状が有意に改善したことが報告されています。ただ、この効能の継続時間は、他の自己血液からの精製物による治療に比べて、相対的に短くなる可能性が示唆されています。

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A2M療法

A2Mとは、アルファ2高分子グロブリン(Alpha-2 Macroglobulin)の略であり、自己血液から血球と血小板を遠心分離したあと、その乏血小板血漿を濃縮されることで精製されます。このA2M蛋白質は、メタロプロテイナーゼ(MMP)を捕捉することで、関節軟骨が変性するのを予防できると考えられています。

過去の知見では、マウスの関節炎モデルに対するA2Mの関節内注射によって、疾患修飾効果が得られることが示唆されています。ただ、関節炎の症例馬における効能はまだ実証されておらず、また、この治療に先立って鎮静剤や抗炎症剤を投与すると、A2M療法の効能に影響を及ぼす可能性も指摘されています。

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馬の関節炎の再生医療において重要なこと

一般的に、自己血液からの精製物を用いて馬の関節炎の治療を行なう際には、治癒過程を修飾することが目的とされます。しかし、一口に関節炎と言っても、損傷している組織の違い(軟骨 v.s. 軟部組織)、および、急性か慢性かの差異など、此処の馬の関節炎の病態によって、多様な治療効果が示されるという警鐘が鳴らされています。

また、米国では、自己血液から精製された物質であっても、処理工程が複雑になると、アメリカ食品医薬品局(FDA)が、それを薬物だと見なすという懸念もあります。このため、ドーピングの対象になり得るというリスクを考慮して、血液の処理工程が出来るだけシンプルな手法を応用することが推奨されています。

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そして、馬の再生医療において、自己血液から精製された物質を使用する際には、二種類の多様性を考慮する必要があると言われています。これは、同じ処理方法を用いても、精製物の組成に個体差が生まれるという点と、同じ組成の精製物を注射しても、その治療への反応性に個体差が生まれる点だと言われています。

このため、前述のような治療法を馬の関節炎に応用する際には、古典的な関節注射療法と異なり、治療効果が一定でない可能性を考慮して、治療後の経過を慎重に診断することが大切だと考えられます。また、多症例への治療成績を集めて解析することで、どのような種類の関節炎がどのステージにあれば、再生医療による充分な効能が期待されるかを、継続的に評価していく必要があると言えそうです。

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関連記事:
・競走馬の脚部繋靭帯炎に対する幹細胞治療
・馬の幹細胞治療は本当に効くのか?
・馬のアイラップ治療と運動の関連性
・馬にも広がる再生医療

参考動画1:IRAP II™ Autologous Blood Processing System (Arthrex Vet Systems)


参考動画2:Equine Platelet Enhancement Therapy (MWI Animal Health)


参考動画3:Pro-Stride APS Instructional Video (Zoetis Equine)
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このエントリーのタグ: 先端医療 関節炎 治療

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