馬の脳脊髄液による神経疾患の鑑別
話題 - 2023年05月20日 (土)

一般的に、馬の神経器疾患は、鑑別診断が難しいことが知られています。何故なら、ヒトや犬猫と異なり、脳や脊髄をMRI撮影することが困難であり、また、脊髄造影や頚部屈曲X線なども、全身麻酔を要するというデメリットがあるからです(腰萎症状の馬では麻酔覚醒の事故リスクが大きい)。なお、馬に多く見られる神経器疾患には、原虫性脊髄脳炎(EPM)、頚椎圧迫性脊髄症(CVCM)、変性脊髄脳炎(EDM)などが含まれます(日本にはEPMは無し)。
このため、歩様や反射を観察する神経学検査のほかには、脳脊髄液の性状検査が数少ない診断手法になります(立位でも腰仙部や頚椎部から脳脊髄液の採取が可能)。ここでは、馬の脳脊髄液を用いたPEA検査法によって、CVCMとEDMの鑑別診断を試みた知見を紹介します。
参考文献:
Donnelly CG, Johnson AL, Reed S, Finno CJ. Cerebrospinal fluid and serum proteomic profiles accurately distinguish neuroaxonal dystrophy from cervical vertebral compressive myelopathy in horses. J Vet Intern Med. 2023 Mar 16. doi: 10.1111/jvim.16660. Online ahead of print.
この研究では、米国の三箇所の馬病院において、25頭のCVCM罹患馬、47頭のEDM罹患馬、および、45頭の対照馬から採取した脳脊髄液を用いて、CVCMやEDMのバイオマーカーなりうる神経関連蛋白質を、PEA法によって選別して、それらを用いた鑑別診断の信頼性が評価されました。

結果としては、調査した神経関連蛋白質(計368種類)のうち、CVCMおよびEDMにおける特異性が高い二種類(R-spondin 1 [RSPO1] & Neurofilament-light [NEFL])が選ばれました。そして、RSPO1及びNEFLを用いた鑑別診断の信頼性は、CVCMでは84.6%、EDMでは73.5%、対照馬(CVCMとEDMの除外診断)では87.2%となっていました。具体的には、CVCM罹患馬はRSPO1低値でNEFL高値を呈する割合が高かったのに対して、EDM罹患馬はRSPO1低値でNEFL低値を呈する割合が高くなっていました。しかし、対照馬はRSPO1高値でNEFL低値となる割合が高いものの、RSPO1高値でNEFL高値の場合にも、CVCMやEDMの罹患馬が含まれる傾向にありました。
このため、腰萎などの神経器疾患が疑われる症例馬においては、脳脊髄液中のバイオマーカー濃度を測定することで、CVCMおよびEDMの鑑別診断が可能となることが示唆されました。今回の研究で応用されたPEA法は、Proximity Extension Assayの略で、イムノPCRとも言われ、抗体とオリゴヌクレオチドの増幅を組み合わせた解析法であるため、臨床診断法としては煩雑かつ時間が掛かるというデメリットがあります。このため、今後の研究では、迅速かつ安価にRSPO1およびNEFLの濃度を測定できる検査法を確立すると共に、より多くの症例の測定値を集めて、鑑別診断の陽性/陰性的中率を明らかにする必要があると考察されています。
Photo courtesy of J Vet Intern Med. 2023 Mar 16.
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