陰圧療法での馬の外傷治療
話題 - 2023年05月27日 (土)

一般的に、馬は細菌感染に弱い動物であることが知られています。このため、重度の外傷を起こした場合、抗生物質の全身投与では感染制御が難しくなり、創傷治癒の遅延や癒合不全を続発したり、広範な蜂窩織炎を併発して、敗血症や蹄葉炎などの合併症を引き起こすこともあります。
ここでは、陰圧創傷療法(Negative pressure wound therapy)を適応して、馬の重度外傷の治療を試みた知見を紹介します。この研究では、2016〜2020年にかけて、体躯や頚部の外傷や外科創傷感染(SSI)を起こした六頭の症例馬に対して、密封したバンテージ素材を装着させて、その内部に吸引器で陰圧を掛けることで、創部への陰圧療法が施されました。
参考文献:
Askey T, Major D, Arnold C. Negative pressure wound therapy for the management of surgical site infections with zoonotic, drug-resistant pathogens on the upper body of the horse. Equine Vet Edu. Mar 6, 2023. Online ahead of print.
結果としては、治療対象となった全症例で、複数の抗菌剤への耐性菌が検出されましたが、陰圧創傷療法によって、機能的および外観的に馬主が満足する創傷治癒が達成されたことが報告されています(耐性菌はMRSA、クラブシェラ菌、エンテロバクター菌等)。なお、殆どの症例(5/6頭)では、4〜15日間の陰圧療法で創傷治癒が達成されましたが、残りの一頭は、創傷のサイズが大きく、70日間に及ぶ陰圧療法を要していました。

このため、馬の体躯に生じた重度外傷では、陰圧療法を応用することで、良好な創傷治癒が期待できることが、示唆されました。なお、陰圧療法の利点としては、病巣から病原体を除去できる、過剰な滲出液を除去できる、血管新生を促進する、間質組織の浮腫を軽減できる、炎症産物の過剰生成を抑えて肉眼造成を制御できる、辺縁皮膚に緊張をかけて創口の拘縮と閉鎖を促進させる、などが提唱されています。
この研究では、陰圧療法の実施手法として、まず、スポンジ製のドレッシング素材(VAC Granufoam)を創傷の形状にカットして当てた後、その中央に多孔のゴムチューブを埋め込み、その端を別のプラスチックチューブに連結させて、その先を吸引器に接続させました。そして、創部に当てたドレッシング素材の上から、接着バンテージ素材(アイオバン)を貼り付けて密封させてから、吸引器を用いて125mmHgの陰圧を作用させました。このプラスチックチューブは、天井から馬房壁を通して、馬房前に設置した吸引器に繋げられ、持続的に陰圧が掛けられました。

この研究で実施された陰圧療法では、吸引された滲出液は一日あたり2リットル以下で、殆どの場合、3〜5日間は張り付いたまま維持された(最長は7日間)と述べられており、それが剥がれ落ちる度に、新たなドレッシング素材とアイオバンと交換されました。この陰圧療法による深刻な合併症は見られませんでしたが、一頭の症例で、創部周辺の健常皮膚の部位に、軽度の皮膚炎を起こしたことが報告されています。
この研究では、全ての陰圧創傷療法が二次病院で行なわれており、毎日、昼夜を通して、動物看護師による監視と管理が施されました。これには、バンテージがズレた際に、直ぐに貼り直して、密閉状態を維持させる等の作業が含まれました。また、滲出液の量が多かった症例では、詰まってしまった吸引チューブを生食で洗う処置を、毎日12時間おきに要したことも報告されています。
Photo courtesy of Equine Vet Edu. Mar 6, 2023.
関連記事:
・馬のフレグモーネに対する空気圧縮療法
・外傷の滑膜侵襲での造影検査
・馬の抗真菌剤の局所灌流
・馬のメラノーマは予防接種で防げるのか?
・馬の繋皹での常在菌の役割
・馬の蕁麻疹への対策は根気強く