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馬のタイバック手術での二重ループ法

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一般的に、競走馬の喉頭片麻痺(反回神経麻痺)に対する外科的治療としては、披裂軟骨を外方へと糸で引っ張ることで、通気に必要な広さの声門域(気道内径)を維持するという喉頭形成術(タイバック手術)が行なわれます。しかし、この手術の成功率は、50〜70%に過ぎないことが報告されており、その理由は多様ではあるものの、設置した糸が緩んでしまうことが一因であると考えられています。

このため、馬の喉頭形成術では、糸を2本設置する手法が実施されており、糸への負荷を分散させて強度を維持することで、声門域も最大化できることが示されています。ここでは、喉頭形成術の効能を更に向上させる変法として、糸を二重ループに通すという術式を評価した知見を紹介します。

参考文献:
Wilson DG, Roquet I, Tucker ML, Carmalt JL. A biomechanical comparison of a novel two-loop suture technique and two sutures for laryngoplasty in the horse. Am J Vet Res. 2023 Mar 7;84(5):ajvr.22.11.0189. doi: 10.2460/ajvr.22.11.0189. Print 2023 May 1.

この研究では、屠体から採取した40個の喉頭軟骨を用いて、披裂軟骨の筋突起と輪状軟骨に対して、平仮名の「の」を二回描くように、糸を二重ループで通過させる手法が施され、物理的強度試験および声門域の断面積の測定によって、従来の糸を2本通す手法との比較が行なわれました。

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結果としては、糸の破損負荷は、二重ループ法では185ニュートンで、従来の2本法での破損負荷(194ニュートン)とのあいだに有意差は無いことが分かりました。また、声門域の断面積は、従来の2本法では22.5cm^2であったのに対して、二重ループ法では22.3cm^2で、やはり有意差はありませんでした。このため、少なくともこの二つの指標に関しては、従来法と二重ループ法において、同程度の治療効果が期待できることが示唆されています。

この研究では、物理的強度試験の方法として、一回のサイクルで、糸が破損するまで負荷を掛け続けましたが、実際の症例馬においては、それよりも軽い負荷が何百回も掛けられ、糸や軟骨組織へのダメージが蓄積することで、糸の緩みに繋がると推測されます。そして、強度試験における負荷変形曲線を見ると、従来法では二峰性の形状が示されており、最初は、片方の糸に負荷が集中して、それが破損した後に、もう片方の糸に負荷が移ったことが読み取れます。それに対して、二重ループ法では単峰性の形状となっており、二つのループに負荷が分散して掛かっていたと考えられます。

このため、実馬に対する手術に際しては、二重ループ法のほうが、4箇所の軟骨穿刺部位に負荷が均等に分散されるため、従来法よりも、糸の緩みが起こりにくくなり、治療成功率を向上できる可能性がある、という考察がなされています。しかし、実馬においては、時間の経過に伴って、通した糸と軟骨組織が癒着して、糸の滑走作用が無くなることで、結局は、片方の糸だけに負荷が集中するケースも考えられます。ですので、今後は、従来法と二重ループ法の治療効果を、実際の臨床症例に適応することで評価していく必要があると考察されています。なお、二重ループ法では、負荷を受ける糸の数が増えるだけで無く、糸が走行する方向も増えることから、披裂軟骨と輪状軟骨のあいだに生じる、屈曲や捻転などの複数の動きに対する強靭さも向上するかもしれません。

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この研究で検証された変法では、二重ループで掛けられた糸が、手術直後の嚥下動作時の牽引によって滑走して、全体が均一に負荷を受け止めることになると考えられます。この結果、単一箇所に掛かる負荷は、計算上は半分になりますので、糸の緩みや破損が生じにくくなる、という予測が成り立ちます。一方で、従来の2本法では、片方の糸が緩んだり切れたりしても、もう片方の糸が牽引力を維持するのに対して、二重ループ法では、一箇所でも糸や軟骨が破損すると、全体の牽引力が損失してしまう、という欠点が挙げられます。一般的に、物質の強度においては、「鎖の丈夫さは一番弱い輪で決まる(The strength of the chain is in the weakest link)」という原則があります。このため、1本の糸を二重ループで掛けておくよりも、2本の糸を別々に掛けておく方が、手術手技が完璧でなかった場合には、エラーマージンが大きくなるため、より安全な術式になり得るのかもしれません。

Photo courtesy of Am J Vet Res. 2023 Mar 7;84(5):ajvr.22.11.0189. doi: 10.2460/ajvr.22.11.0189.

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