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馬の関節炎でのパーグ治療の実施法

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一般的に、馬の健康問題のうち、約八割を運動器疾患が占めることが知られています。そのうち、最も多いのが関節疾患であり、これには、競走馬における腕節炎や球節炎、乗用馬における飛節内腫やリングボーン、および、若齢馬でのOCDやボーンシストに併発する変性関節疾患(DJD)などが含まれます。ここでは、馬の関節疾患に対する「パーグ治療」について、その概要を解説した知見を紹介します。

参考資料:
Alexandra Beckstett, The Horse Managing Editor. How To Use PAAGs as Joint Therapy for Horses. The Horse, Topics, AAEP Convention 2022, Arthritis & Degenerative Joint Disease, Bone & Joint Problems, Injuries & Lameness, Vet and Professional: Apr 5th, 2023.

パーグとは、ポリアクリルアミドゲル(PAAG: Polyacrylamide hydrogel)の略号です。この物質は、オムツ、コンタクトレンズ、美容整形の充填材などに用いられており、近年では、馬の関節炎に対しても、合成潤滑剤として投与されています。昨年の全米馬臨床医協会(AAEP)の学会では、アイオワ州のスコット・マクレア博士による、パーグ治療の講演が行なわれています。

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パーグ治療の作用機序

馬の関節炎に対するパーグ治療としては、4%製剤(Noltrex Vet®️)および2.5%製剤(Arthramid Vet®️)が市販されており、これらは、異なった作用を示すと理解されています。

まず、濃度の低い2.5%製剤は、関節内に注射された後、48時間以内に滑膜に吸収されて、四週間以内に滑膜組織内に統合されることで、滑膜の柔軟性やクッション性を向上させます。その後は、マクロファージを伴って、滑膜内に長期間にわたって残存することが知られています。

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一方、濃度の高い4%製剤は、関節内に注射された後に、関節軟骨の表面をコーティングして、防御層を形成することで、軟骨滑走による摩擦を軽減することが知られています。そして、このようなコーティングは、軟骨と滑膜の両方に生じるものの、特に、損傷を受けている関節軟骨の表面に強く見られると言われています。

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パーグ治療はどんな馬に有益なのか?

当初は、馬におけるパーグ治療は、通常の関節注射療法(ヒアルロン酸やコルチコステロイド)に不応性となった、慢性の関節炎に対して実施されてきました。しかし、現在では、関節炎の初期ステージにおいてパーグ治療を実施することで、その利益が大きくなる、という提唱がなされています。

マクレア博士によれば、パーグ治療の対象としては、冠関節、球節、後膝関節、遠位の足根関節、舟嚢、手術後の腱鞘などが含まれますが、特に、競走馬やスポーツ競技馬の球節(前後肢ともに)が、最も多く治療されていると述べられています。

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パーグ治療を実施する時期と手法

パーグ治療の実施前には、関節組織の炎症を制御しておく必要があるという警鐘が鳴らされており、そのためには、水冷療法、抗炎症剤の内服、および、コルチコステロイドの関節注射などの選択肢があります。そして、可能な限り、関節疾患が重度病態まで進行する前に、迅速にパーグ治療を実施することが推奨されています。また、冠関節や遠位足根関節においては、X線誘導による注射も有用だと言われています。

パーグ治療の実施に際しては、4%製剤は、コルチコステロイドや生物的療法が行なわれている関節にも注射できます。その一方で、2.5%製剤では、他の関節注射療法から30日以上経ってから注射することが推奨されています。

また、関節炎の重篤度を見ると、4%製剤を関節注射した後には、通常、14日間の休養が置かれるのに対して、一般的に、2.5%製剤を関節注射した後には、10〜30日間は休養させることが推測されています。

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マクレア博士によれば、パーグ治療では、跛行を素早く治すことは出来ず、注射後には、ある程度の期間の休養を要すると提唱されています。つまり、パーグ治療を選択するときには、迅速な効能は期待できず、長期間の利益を求めるという理解が必要であり、パーグ治療の実施後には、2〜3ヶ月かけて、緩やかに歩様改善が見られることが多いと言われています。



パーグ治療において重要なこと

馬の関節炎に対するパーグ治療は、古典的なヒアルロン酸注射の代わりとして、優れた治療法になりうると言われています。しかし、パーグ治療の効能を最大化するためには、適応症例の選択、注射手技、治療後の運動管理が重要であり、製剤による差異や、どのように実施するかを理解しておくことが大切である、と述べられています。

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Photo courtesy of The Horse, Topics, AAEP Convention 2022, Arthritis & Degenerative Joint Disease, Bone & Joint Problems, Injuries & Lameness, Vet and Professional: Apr 5th, 2023.

関連記事:
・競走馬の関節炎でのPAAG治療
・馬のPAAG注射の滑膜への影響
・馬のPAAG治療での長期経過

参考動画1:NoltrexVet - Method of Action (ここをクリックして動画元へ)
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参考動画2:Arthramid Vet mechanism of action
関連記事
このエントリーのタグ: 関節炎 治療

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