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馬の疝痛での電話トリアージ

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馬の疝痛は、消化器疾患による腹痛症状を指しており、現代でも、馬の死亡率の第一位を占めています。そして、腸捻転や腸変位など、生死に関わる重篤な病態では、緊急の開腹術を要することが一般的です。このため、疝痛馬への対応を判断するときには、正確な診断名を確定することよりも、その疝痛が早急な手術を要するのか、それとも、保存療法を選択してジックリ経過を見て構わないのか、という見分けが重要になってきます。

一般的に、「病気が重症であるかの判断を下す」というプロセスを、医療用語でトリアージと呼んでいます。適切なトリアージは、初診の獣医師が、疝痛馬を二次病院に搬送するときに重要ですが、それに加えて、馬主から疝痛が起こったという電話連絡を受けた際に、その病態の緊急性を判断するときにも必要不可欠となってきます。ここでは、そのような、馬の疝痛における「電話トリアージ(Telephone triage)」の傾向を調査した知見を紹介します。

参考文献:
Lightfoot KL, Burford JH, England GCW, Bowen IM, Freeman SL. Mixed methods investigation of the use of telephone triage within UK veterinary practices for horses with abdominal pain: A Participatory action research study. PLoS One. 2020 Sep 23;15(9):e0238874.

この研究では、英国の四箇所の馬病院における116名の獣医療従事者(63名の獣医師と53名の動物看護師又は事務員)を対象に、馬の疝痛の電話連絡を受けたときの会話内容や、重症度の判断(トリアージ)が下されるプロセスについて、オンラインでの聞き取り調査が実施されました。

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結果としては、獣医師よりも動物看護師/事務員のほうが、馬主に対応方針を指示したり、重症な疝痛であることの指標を認識することに関して、不安を感じるという回答が有意に多かったことが分かりました。また、重症の疝痛であることを示唆する稟告としては、発汗と横臥位(寝起きを繰り返す)の症状が最も多かったことも示されました。そして、疝痛の重症度を判断する手法として、複数の臨床症状に基づいたフローチャートや、疝痛の診断に関するオンライン情報源を用いることで、重症判断を下したり馬主への指示を出すことに対する安心感が、明瞭に増したことも報告されています。

この研究では、電話トリアージで最初に質問される内容は、疑われる疝痛のタイプによって異なる傾向が見られました。具体的には、便秘疝が疑われる症例において、まず最初に訊かれる質問は、馬が示している症状の種類についてでした(症例全体の30.2%)。一方で、腸捻転が疑われる症例において、まず最初に訊かれる質問は、その馬がどこで飼養されているか(搬入まで時間が掛かるが否か)についての質問でした。また、電話トリアージで馬主に出す指示の内容としては、便秘疝が疑われる症例では、曳き馬運動をさせること(31.1%)が最も多く、次いで、絶食させること(29.1%)が含まれました。一方で、腸捻転が疑われる症例では、往診の獣医師が到着するまで、馬と馬主がケガをしないよう注意すること(47.3%)が最も多くなっていました。

この研究での聞き取り調査は、馬の飼養頭数の多い欧州における馬病院(4箇所)のものであり、勤務している馬の獣医師が、ひとつの病院あたり15人以上もいる事から、馬の獣医療の規模が、日本とは大きく異なることが読み取れます。その結果、日本のヒト医療と同様に、クライアントからの電話での問い合わせに対して、獣医師が直接的に対応することが出来ず、殆どの場合は、看護師や事務員が電話トリアージを担当しているのが特徴だと言えます。このため、緊急治療を要する重症の疝痛に対する方針が誤らないよう、質問内容にも注意が払われている傾向が認められました。

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この研究では、電話トリアージのなかで質問・回答される内容について、個々の状況に応じて、多様な事項が会話に出てくる傾向が認められましたが、相反するような指示が出されてしまうことも頻繁にあると述べられています。そして、電話トリアージにおける意思決定者としては、当然ながら、獣医師がなるのが重要だと回答したのは60%以上に及んでいました(極めて重要だ、及び、かなり重要だ、という回答を合算)。また、そもそも看護師や事務員は、電話トリアージを行なわないという回答も10%ありました。

今回の研究で示されたような、馬の疝痛における電話トリアージを、獣医師以外のスタッフが実施することは、日本では稀なのかもしれません。しかし、日本でも、常に獣医師に電話が繋がって、適切な指示が遅延なく出されるとは限らないと推測されます。今回の研究でも、ネット上で利用できるフローチャートや情報源が、トリアージでの重症判断の意思決定において有用であることが示されており、そのようなデータソースを整備しておくことで、疝痛の発生時に正しい判断が下され、原因疾患への対応が遅れないという利点が生まれる状況もあると考えられました。

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