ホースマンが疝痛を判断する指標
話題 - 2023年06月10日 (土)

馬の消化器疾患(疝痛)は、ホースマンが獣医師に緊急連絡する理由の第一位となっています。そして、疝痛の原因疾患の中には、早期治療が重要なものも多いことから、ホースマンが、馬が疝痛を起こしているかを見分け、その疝痛がどれほど深刻であるかを正しく判断することが重要となってきます。
ここでは、ホースマンが疝痛症状を判断するときの傾向を調査した知見を紹介します。この研究では、英国のノッティンガム大学のもので、1,564人のホースマンに対するアンケートによって、疝痛の判断を下すときの諸要因についての知識や見解が調査されました。
参考文献:
Bowden A, Burford JH, Brennan ML, England GCW, Freeman SL. Horse owners' knowledge, and opinions on recognising colic in the horse. Equine Vet J. 2020 Mar;52(2):262-267.
結果としては、アンケートに回答したホースマンの中で、馬の疝痛が疑われたときに、その判断基準として観察する項目としては、排便の有無や量が76%、腸蠕動音が75%、呼吸数が65%となっており、疝痛馬の心拍数を測ると回答したのは54%に過ぎないことが分かりました。また、調査対象のホースマンのうち、心拍数の正常値を知っていたのは45%、呼吸数の正常値を知っていたのは45%、体温の正常値を知っていたのは67%となっていました。そして、これらの正答率は、馬術競技に関する資格的教育の受講と有意に相関していました。

このため、ホースマンに対して、馬の身体検査に関する教育機会を設けることが(乗馬技術検定や指導者検定における講習会など)、諸項目の正常値を知るのに有用であることが再確認されました。そして、ホースマン自身が疝痛馬を評価するときに備えて、ボロや呼吸様式の観察に加えて、聴診または触診で心拍数を評価する方法を知ってもらうのが有益であることが示唆されました。
なお、この研究では、体温の正常値についてのホースマンの回答は、16℃から80℃まで様々でしたが、正常値の範囲(この調査では36.5〜39℃)から外れていたのは12%に留まりました。一方、心拍数の正常値についての回答は、6回/分から250回/分まで多様であり、正常値の範囲(この調査では28〜44回/分)から外れていたのは27%に達していました。このため、頻脈よりも高体温の方が、正しく判断できるホースマンが多いことが再確認されました。
また、この研究では、馬の疝痛に関する知識を得るために、ホースマンが利用する情報ソースとしては、獣医師に尋ねるのが83%と最も多く、次いで、ネット検索が73%、本で調べるが50%となっていました。また、疝痛の知識として何が一番不足しているかについては、「疝痛の症状や見分け方」という回答と、「疝痛の原因」という回答が多かったことも報告されています。

この研究では、ホースマンの回答として、疝痛症状が軽度であったり、持続的で無いときには、獣医師への連絡を躊躇するという傾向が認められました。ただ、疝痛を分類することに不安は無いと回答したホースマンは61%に及んでおり、その結果、外科的疝痛を見分けられるのに不安が無いのは49%に及んでいました。一方で、便秘疝において、その馬が疝痛なのか否かを見分けるのに不安が無いと回答したのは、9%のホースマンに留まっていました。
この研究では、アンケートに回答したホースマンのうち、女性が98%を占めており、年齢分布では、40〜44歳の群が最も多い(全体の13%)ことも示されています。また、乗馬関連の資格や検定を持っているホースマンは、全体の50%となっていました。さらに、ホースマンの疝痛経験としては、疝痛で獣医師を呼ぶ経験をしたことがあると回答したのは91%に達しており、疝痛で馬が死亡するのを経験したホースマンも54%に及んでいました。
以上のように、疝痛はホースマンにとって身近な事象でありながら、その対処法に不安を抱いていたり、疝痛の見分け方や原因について、知識不足を感じている方も多い、という傾向が見て取れました。そして、ホースマンの情報源として、獣医師の存在が大きいというデータも示されています。このことは、獣医師からホースマンへと、馬の健康管理に関する情報を伝えることの重要性、および、ホースマンからの緊急の問い合わせにも、獣医師が常に電話対応することの有益性を、再認識させる結果だと言えるのかもしれません。

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