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馬の経鼻チューブ処置による獣医師の安全性

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馬は嘔吐が殆どできない動物であり、胃拡張から胃破裂を起こすと助からないため、疝痛の診断においては、経鼻チューブを胃袋まで挿入して、胃内容物を排出することが極めて重要です。しかし、多くの馬の獣医師は、この経鼻チューブを、口に咥えながら操作するため、馬の胃内容に含まれる食渣や病原体が、獣医師の口内に入ってしまう危険性があります。

ここでは、経鼻チューブの操作に関連した馬の獣医師の健康への弊害、および、操作の安全性に関する知見を紹介します。この研究は、ドイツのベルリンにある私立の馬病院のもので、123名の馬獣医師への聞き取り調査によって、馬の診察の際に実施する経鼻チューブ操作の実態が評価されました。

参考文献:
Drozdzewska K, Potocnik E, Schwarz B. Nasogastric Intubation as Health and Safety Risk in Equine Practice-A Questionnaire. J Equine Vet Sci. 2020 May;88:102951.

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結果としては、調査に参加した馬獣医師の過半数が、日常的に、自分の口を使って経鼻チューブを操作しており、更に、胃内容物や薬剤を誤嚥した経験があると回答していました。馬の胃内容には、多量の雑菌が含まれており、獣医師がそれを誤嚥して肺炎を起こしてしまうリスクがある、という警鐘が鳴らされています。また、疝痛の処置に際して、経鼻チューブを介して投与される物質のなかでも、特にミネラルオイルが危険であると提唱されており、これを誤嚥すると、たとえ最初は不症候性であっても、脂質性気道炎を引き起こす危険性が高いことが懸念されています。



この研究では、調査に参加した馬獣医師の60%が、患馬が下痢や発熱している場合でも、自分の口を使って経鼻チューブを操作すると回答していました。このようなケースでは、サルモネラ菌やクロストリジウム菌など、ヒトへの病原性が高い細菌を誤嚥するリスクがあると述べられています。一般的に、馬の診察に使用する経鼻チューブは、滅菌処置が施されることは極めて稀であるため、前述のような菌に獣医師が感染する危険性が高くなると懸念されています。

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この研究では、調査に参加した馬獣医師の50%が、たとえ患馬が中毒症状を示している場合でも、自分の口を使って経鼻チューブを操作すると回答していました。馬が摂取してしまう可能性のある中毒性物質の中でも、特に、殺鼠剤に含まれるリン化亜鉛は、分解される過程で有毒ガスが発生することが知られています。このため、獣医師が胃内容物を誤嚥しなくても、経鼻チューブを通して胃内ガスを吸い込んでしまうことで、肺水腫や神経症状など、深刻な健康への弊害が起こりうる、という警鐘が鳴らされています。

以上の結果から、この論文では、馬の獣医師が経鼻チューブを用いる際に、もし患馬が下痢をしていたり、近位小腸炎の疑いがあったり、もしくは、中毒性物質を摂取した可能性があるケースでは、自分の口でチューブを操作することは避けて、大型シリンジや吸引ポンプ等を使って、馬の胃内容物の排出を行なうべきである、と推奨されています。また、馬の経鼻チューブという処置が、健康問題に繋がりかねない職業行為であることを、獣医師自身が再認識することが推奨されています。

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ただ、医療行為の手法を考えるときには、リスクとメリットの両方を考慮することも大切です。馬の経鼻チューブで言えば、口に咥えて作業することで、タイミング良く、適量の空気を吸ったり、吹き込んだりすることが可能になります。その結果、①咽頭に息を吹きかけて嚥下反射を誘導することで、チューブが食道内へと達するのを助ける、②吸い込み陰圧の所見を介して、チューブが食道内に入ったかを確認する、および、③チューブを押し込みながら息を吹き込み、食道を拡張させることで、食道壁の損傷リスクを抑える、などのメリットが得られます。

馬は、解剖学的に言って、噴門括約筋の緊張が強いという特徴があります。このため、基本的には、経鼻チューブの先端が噴門を通過するまでは、胃内容物や胃内ガスを、獣医師が吸い込んでしまう危険性は低いと予測されます。つまり、上述の①〜③のメリットに限れば、経鼻チューブを口で操作することは許容されるのかもしれません。

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そして、チューブの先端が噴門の入り口に近づいた時点で、チューブを口で保持するのを止めておくことで、万が一に、胃内容物がチューブを自発逆流してきた場合でも、獣医師の口内に逆流した胃内容が入るのだけは回避できると考えられます。そのためにも、経鼻チューブを鼻孔から挿入する前に、チューブを馬体の側面に並べて、胃までの距離を推測し、必要であれば、チューブに目印を付けておくのも有用だと言えます。

この研究で考察されているように、馬の胃内容物に含まれる特定の細菌や毒物は、経鼻チューブを介して誤嚥してしまうことで、獣医師の健康問題を引き起こすと考えられます。このため、最も行なうべきではない危険行為は、馬の胃内容物を排出するときに、獣医師自身の口で吸引して陰圧をかけることなのかもしれません(通常は、チューブ内を水で満たして、サイフォン原理にて重力的に排出させる)。

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更に、経鼻チューブを通して治療薬を胃内に注入した後には、獣医師が息を吹き込むことで、チューブ内に残った薬剤を全て胃内へと送り込むことが多いと言えます(チューブを引き抜くときに、残っていた薬剤が馬の気管へと迷入するのを防ぐため)。この際には、ポンプを使って吹き込んだり、チューブの外端をガーゼで覆った上で獣医師が吹き込むなど、獣医師が逆流してきた薬剤を誤嚥しないような対策が必要なのかもしれません。

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このエントリーのタグ: 獣医療 疝痛

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