馬の骨折整復におけるインターロッキングスレッド螺子の効能
話題 - 2023年07月01日 (土)

近年、ヒト医療の整形外科分野では、インターロッキング・スレッド・スクリュー(ITS: Interlocking thread screw)というインプラントが開発されて、従来の螺子に比較して、強度の高い骨折の内固定が実施できることが示されています。ここでは、馬の骨に対するITS螺子の作用を評価した知見を紹介します。
参考文献:
Pye JL, Garcia TC, Kapatkin AS, Samol MA, Stover S. Biomechanical comparison of compact versus standard flute drill bits, and interlocking versus buttress thread self-tapping cortical bone screws in cadaveric equine third metacarpal condyle. Vet Surg. 2023 Jun 11. doi: 10.1111/vsu.13965. Online ahead of print.
この研究では、馬の屠体から採取した管骨を用いて、ITS螺子(上図の右側)と従来のバットレススレッドスクリュー(BTS螺子、上図の左側)の引き抜き強度が測定され(いずれもセルフタッピング螺子)、螺子の挿入の仕方を評価すると共に、コンパクト・フルート・ドリルビットと従来のスタンダード・フルート・ドリルビットの比較が行なわれました。
従来のBTS螺子の先端には、右旋回方向の切れ込みが三つ刻まれており、骨の切屑を螺子の先端方向へと逃すように誘導します。一方、新しいITS螺子の先端は、左旋回方向の切れ込みが二つ刻まれており、骨の切屑を螺子スレッドの溝の内側へと導くことから、螺子のスレッド間隙に、より多くの骨組織を圧縮させることが可能となります。また、ITS螺子では、BTS螺子と異なり、スレッドの傾斜面が異なる角度で二つの面を構成しており、螺子周囲の骨に掛けられる歪みをスレッド溝内に保持するように作用させることが出来ます。このため、ITS螺子では、周囲の骨組織への負荷が多方向に均等に分散されることから、複数方向からの歪みに抵抗しやすいことも示されています。これらの理由から、ヒトの整形外科では、特に骨密度が低下している骨粗鬆症の骨折患者において、ITS螺子を用いることで、インプラントの緩みを抑えて、堅固な内固定が施せると考えられています。

この研究の結果としては、螺子の挿入捻転力は、BTS螺子よりもITS螺子のほうが、約50%も高いことが示されました。一方で、引き抜き強度試験での降伏前硬度は、ITS螺子よりもBTS螺子のほうが、約33%高いことが示され、平均降伏負荷もBTS螺子の方が約7%高くなっていました。また、コンパクト・フルート・ドリルビットのほうが、従来のドリルビットよりも、パワースペクトル密度が低いことも示されています。
このため、馬の管骨に対しては、従来のBTS螺子に比較して、新しいITS螺子のほうが、引き抜き強度は低いことが分かり、必ずしも優れた内固定を達成できる訳ではない、というデータが示されました。この理由としては、馬の管骨は、もともと密度が極めて高い骨であるため、たとえITS螺子を用いても、スレッド溝内の骨圧縮の効果が得られにくいことから、ヒトの骨粗鬆症の骨のような、ITS螺子による固定強度の向上という効能が示されなかったと考察されています。
一般的に、馬の管骨における内顆や外顆の亀裂骨折では、骨密度が低下したエリアに亀裂を生じやすいことから、螺子を挿入する骨折の箇所では、ヒトの骨粗鬆症の患者と同様に、骨密度が落ちているという場合も考えられます。また、今回の実験は、成馬の屠体骨を用いていましたが、子馬の骨折症例においては、骨が柔らかく、スクリュー固定の緩みが起こり易いケースも考えられます。これらの状況ではITS螺子によるスレッド溝内の骨圧縮作用によって、内固定の強度を向上させる効能が得られる可能性もあると推測されます。

また、馬に発症する多くの骨折では、ラグスクリュー方式によって、骨片間に圧迫を掛けることが一般的ですが、この際には、螺子が骨を把持するのは限定的な領域になります(グライド孔では螺子スレッドは空回りする)。また、尺骨骨折のプレート固定等では、短いスクリューしか挿入できない箇所もあるため(螺子が尺骨と橈骨を架橋してしまうと、骨の成長阻害を生じてしまうため)、スクリュー固定の強度を、限られた数の螺子スレッドに依存しなくてはいけなくなります。このような状況においては、ITS螺子が堅固に骨を把持する作用によって、螺子固定の強度を向上させるという効能が、より有益になるケースもあると考えられます。
Photo courtesy of Vet Surg. 2023 Jun 11. doi: 10.1111/vsu.13965.
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