若齢馬の大腿骨内顆の透過域による長期的な影響
話題 - 2023年07月24日 (月)

若齢馬の病気を診療するときには、成馬になったときのパフォーマンスへの影響も考慮する必要があります。一般的に、馬の大腿骨内顆は、ボーンシストと好発部位として知られていますが、軟骨下透過域(SCLs: Subchondral lucencies)のみを生じた場合の長期的予後については様々な議論があります。そこで、下記の研究では、米国のケンタッキー州とメリーランド州でのサラブレッドのセリにおいて、2016年に競売された2,508頭の当歳馬、および、2017年に競売された436頭の二歳馬での、後膝のX線画像の所見と、その後の競走成績との関連性が調査されました。
参考文献:
Peat FJ, Kawcak CE, McIlwraith CW, Keenan DP, Berk JT, Mork DS. Subchondral lucencies of the medial femoral condyle in yearling and 2-year-old Thoroughbred sales horses: Prevalence, progression and associations with racing performance. Equine Vet J. 2023 Jun 22. doi: 10.1111/evj.13945. Online ahead of print.
結果としては、当歳と二歳の両方でX線検査された症例を見ると、大腿骨内顆にグレード1のSCL病変を生じていた当歳馬のうち、二歳までに治癒していたのは35%(11/31頭)で、逆に、グレード2以上に悪化していたのは19%(6/31頭)に上り、無変化であったのは45%(14/31)となっていました。一方で、大腿骨内顆にグレード2のSCL病変を生じていた当歳馬のうち、二歳までに良化または治癒していたのは20%(2/10頭)で、逆に、グレード3に悪化していたのは20%(2/10頭)に上っており、無変化であったのは60%(6/10)となっていました。このため、当歳の競売の時点で、グレード2のSCL病変を呈していた馬では、グレード1の病変を患っていた馬よりも、自然治癒に向かう確率が低いことが示唆されました。

この研究では、大腿骨内顆のSCL病変のグレード別に、競走デビューを果たした馬の割合を見ると、グレード0では84.2%(1,909/2,266頭)、グレード1では87.1%(149/171頭)、グレード2では91.1%(41/45頭)、および、グレード3では76.9%(20/26頭)となっていました。これらの四群でのデビュー達成率には、統計的な有意差は無かったものの、グレード3のSCL病変を起こしていた馬群では、競走デビューを果たした割合が明瞭に低いという傾向が認められており、長期的な競走能力に悪影響を及ぼすリスクは否定できないと考察されています。なお、競走デビューを果たした時点での日齢は、グレード0~3のあいだで有意差はありませんでした(下表)。
この研究では、大腿骨内顆のSCL病変のグレード別に、デビューから四歳の時点までの総出走回数、総獲得賞金、および、レース毎の獲得賞金を比較していますが、いずれの指標も、グレード0~3のあいだで有意差は認められませんでした(下表)。このため、馬の大腿骨内顆のSCL病変では、競走デビューを果たしてしまえば、それ以降の競走成績には、有意な悪影響は残らないことが示唆されました。また、この研究では、内顆の軸側部に生じたSCL病変も個別に評価していますが、この部位の病変の有無やグレードも、デビュー達成率や競走成績には有意に影響しなかったことが報告されています。

この研究では、競走デビューを果たせなかった82頭のうち(長期経過のデータがあった馬のみ)、デビュー出来なかった理由が、競走能力に関連する要因であったのは80.5%(66/82頭)に上っていました。また、その要因が跛行であったのは68.2%(45/66頭)であり、次いで、競走能力の不足が21.2%(14/66頭)となっていました。しかし、その跛行が後膝に生じていたのは8.9%(4/45頭)に留まっており、いずれも大腿骨内顆のSCL病変は原因とはされていませんでした。加えて、競走能力の不足でデビュー出来なかった馬のうち、大腿骨内顆のSCL病変が原因であったのは7.1%(1/14頭)に過ぎませんでした。
この研究では、大腿骨内顆にSCL病変を生じていた馬の割合は、当歳の時点では9.6%であり、内訳を見ると、グレード1が6.8%、グレード2が1.8%、グレード3が1.0%となっていました。一方で、この割合は、二歳の時点では11.2%であり、内訳は、グレード1が6.9%、グレード2が3.2%、グレード3が1.1%となっていました。これらのデータは、過去の知見とも類似したものであると報告されています。さらに、両後肢に発症を認めた馬の割合は、当歳の時点では2.2%で、二歳の時点では2.8%であったことも報告されています。

通常、馬の大腿骨内顆に起こるSCL病変のうち、グレード0~2と異なり、グレード3は明瞭に重篤な病変(ボーンシスト様病巣)であると認識されることが多く、競売でもネガティブな要因になることが一般的です。今回の研究でも、グレード3のSCL病変を患った馬は、競走デビューを達成する確率が低くなる傾向が認められています(デビュー後の競走成績は他群と同程度)。このため、今後は、グレード3のSCL病変に対する有効な治療方法を評価していくことに加えて(シスト内への抗炎症剤の注射療法やスクリュー固定等)、グレード3のSCL病変の罹患馬のなかでも、デビュー出来る個体を見分けるための診断指標を確立することが求められてくると言えそうです(エコー検査やニードル関節鏡による内顆の関節軟骨の評価など)。
Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Jun 22. doi: 10.1111/evj.13945.
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