英国での馬の流産の発生状況
話題 - 2023年07月22日 (土)

馬の流産は、繁殖及び生産の産業において、非常に大きな経済的損失を生み出すと同時に、母馬の健康と福祉にも多大な悪影響を及ぼします。ここでは、英国における馬の流産の発生要因を調査した知見を紹介します。
参考文献:
Smith KC, Blunden AS, Whitwell KE, Dunn KA, Wales AD. A survey of equine abortion, stillbirth and neonatal death in the UK from 1988 to 1997. Equine Vet J. 2003 Jul;35(5):496-501.
この研究では、英国のブリストル大学にて、1988〜1997年にかけて、周産期死亡(流産、死産、新生児死)の原因究明のために病理学検査が実施された、計1,252頭の馬の胎児や新生児の所見が解析されました。なお、妊娠300日未満での胎児死を流産、それ以降での胎児死を死産、生後一週間以内に死亡した子馬のうち、妊娠中や周産期の問題に起因するものを新生児死と定義されています。
結果としては、周産期死亡の原因のうち、非感染性の要因としては、臍帯捻転が35.7%を占めており、最も多くなっていました。一般的に、臍帯捻転による馬の流産胎児は、子宮内に遺残することが多く変性が進むため、捻転が死亡原因なのか、死後変化なのかの鑑別が困難になり易いことが知られています。また、古典的には、臍帯が短い個体ほど、捻転時に血流障害を起こすリスクが高いと仮説されてきましたが、ヒト医療の知見では、臍帯が長過ぎるケースでは、胎盤からの血流への抵抗が大きくなるため、軽度の捻れでも血栓を発生しやすくなる、という報告もなされています(Baergen et al. Pediatric Dev Path. 2001;112:133)。残念ながら、妊娠中の胎児の臍帯長をエコーで計測したり、長さが異常なときに、捻転の予防措置を講じるのは困難であると考えられています。

この研究では、他の周産期死亡の原因として、分娩中の胎児死亡(難産による死亡)が13.7%となっていました。この事象は、健常で生存していた子馬が、分娩の第二段階(破水から子馬の娩出までのステージ)の最中に死亡することと定義されています。その直接的な病因としては、娩出前に臍帯断裂や胎盤剥離が起こって酸欠に陥ったり、産道内での胸郭圧迫で内蔵損傷を生じることが挙げられています。また、難産になった原因としては、四肢の拘縮による伸展困難が23%と最も多く、次いで、過大胎児(21%)、胎児の異常姿勢(8%)となっていました。
この研究では、周産期死亡の原因のうち、感染性の要因としては、細菌感染による胎盤炎が9.8%となっていました。この原因としては、大腸菌やストレプトコッカス菌が多くなっており、その大部分が上行性感染であったと考えられています。この論文の年代と異なり、現代では、エコー検査による胎盤炎の早期診断も試みられており、抗生剤投与や流産の予防処置を遅延なく行なうことが可能となっています。なお、今回の研究では、タイレリア菌(馬伝染性子宮炎)やエンテロバクター菌、真菌による胎盤炎は含まれていませんでした。
この研究では、感染性の周産期死亡の要因として、馬鼻肺炎ウイルスの感染も6.5%(馬ヘルペスウイルス1型又は4型:EHV-1/4)を占めていました。今回の研究の調査地域においても、馬鼻肺炎のワクチン接種は広く実施されており、不顕性感染したウイルスの再活性化が病因であると推測されています。また、予防接種が徹底されている牧場で、複数の流産が起こった事象は無いことから、馬鼻肺炎による流産の予防に際しては、ワクチン接種の他にも、繁殖牝馬の隔離飼養、入厩馬の着地検疫、および、流産が起こった際の適切な消毒・衛生対策が重要であることが再確認されたと言えます。

この研究では、双胎妊娠に起因する周産期死亡も、全体の6.0%で見られていました。これは、妊娠初期の適宜なタイミングで、胚サイズに応じた減胎処置を施すことで予防できる病態であり、妊娠鑑定時に両子宮角を慎重にエコー探索することの重要性を再確認させられるデータであると言えます。
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