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立ち腫れする馬への対策

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ホースマンの中には、肢が腫れることを心配している方も多いのかもしれません。下肢の受動的な液体貯留は(所謂、立ち腫れ)、舎飼いの馬では比較的頻繁に見られますが、幸いにも、健康上の深刻な問題にならない場合も多いと言えます。ここでは、馬の立ち腫れについて総括した知見を紹介します。

参考資料:
Anna O’Brien, DVM. What to Know About Stocking Up. Horse Illustrated, Article, Horse Care, Horse Health: April 1st, 2023.



リンパ系器官の機能

遠位肢における液体貯留は、医学的に就下性浮腫(Dependent edema)とも呼ばれ、リンパ系器官の機能に関連した病態であり、循環免疫機構の一端も担っています。一般的に、心臓から送り出された血液は、末梢では毛細血管へと分布されて、全身の組織に酸素や栄養を届けています。

そのような血液循環のなかで、血漿成分の一部は、血管に戻ることなくリンパ液となり、末端のリンパ管に集積されます。しかし、リンパ管は血管と異なり、流れを生み出すポンプが無いため、腱や靱帯の伸び縮み、跖枕の圧迫および伸縮により、リンパ液を上方へと押し流す作用を得る必要があります。

このようなリンパ系器官の仕組みを理解すると、馬の肢が立ち腫れする原因は、動きが無いことであると分かります。つまり、馬が運動不足になっていると、心臓からの血流と重力に逆らって、リンパ液を押し上げることが出来なくなってしまうのです。

そして、リンパ系器官が、心臓へとリンパ液を押し戻すのに時間が掛かると、下肢にそれが貯まることになります。そのような状態が長く続くと(多くは夜間に)、もともと細かった肢であっても、皮下組織にリンパ液が過剰に貯留していき、立ち腫れの病態に陥いることになります。ヒトにおいて、長時間の飛行機のフライトで、足がむくんでしまうのは、これと同じ現象になります。

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無害な立ち腫れであることの確認事項

上記のように、立ち腫れは、リンパ液の滞留によって起こりますが、そのような、無害な立ち腫れ(または害の少ない立ち腫れ)であることを確認しておく必要があります。そのためには、以下の事項を注視することが大切です。

確認事項1:通常、立ち腫れは両側性に起こりますので、下肢の皮下浮腫が、左右両方の肢に見られるか否かを確認しましょう。

確認事項2:通常の立ち腫れでは、馬の行動に変化を及ぼしません。このため、馬の食欲が落ちていたり、馬房内で歩き回るのを躊躇していたり、跛行していたり、痛みに耐えている様子が無いかを確認することも重要です。

確認事項3:通常、無害な立ち腫れでは、熱感を伴わないことが多く、また、腫れ方を見ても、左右対称(対側肢と比較)および内外対称(罹患肢の内側と外側を比較)となることが一般的です。

確認事項4:その馬の病歴も確認しましょう。これには、下肢の腫れを過去にも起こしたことがあるか?、馬房内に長期間にわたって留まっていないか?、最後に放牧または騎乗したのはいつだったか?、などが含まれます。

以上の事項を鑑みて、無害な立ち腫れであると考えられた場合には、出来るだけ早く、その馬に騎乗したり、放牧に出したりして、その後に再評価をするようにします。その結果、下肢の腫れが減退すれば、単に、下肢の皮下組織にリンパ液が貯留していたと推測されます。

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有害な立ち腫れの原因

稀にではありますが、馬の立ち腫れは、単なる運動不足ではなく、もっと深刻な病気の一つの徴候として認められることがあります。幸いにも、心不全や肝不全は、馬での発症率は低いものの、もし起こった時には、四肢に重篤かつ難治性の浮腫を生じます。この場合、抑鬱や発熱、頻呼吸、腹底部の浮腫など、他の臨床症状も見られますので、至急、獣医師に診察をしてもらいましょう。

一方で、四肢のうち一本だけが重度に腫れているときにも、より深刻な疾患が疑われます。例えば、急性期の屈腱炎では、下肢(特に管部後面)の腫れを生じます。また、骨折や蹴傷においても、同様な腫れが見られることがあります。これらの病態では、立ち腫れと異なり、馬は跛行を呈することが一般的です。

もう一つ、急性に片側性の下肢腫脹を生じる要因としては、蜂窩織炎(フレグモーネ)が挙げられます。これは、皮下組織に細菌感染を生じたときに発症し、裂傷や擦過傷によって起こりますが、繋皹や”泥熱(Mud fever)”で皮膚が虚弱化した箇所にも起こり得ます。もし、皮下に侵入した細菌が増殖すると、急激な皮下浮腫と跛行を示すようになります。

馬の下肢に蜂窩織炎を生じた際には、明瞭な熱感を示して、皮膚表面から漿液が滲み出てくることもあります。また、細菌感染の度合いによっては、馬は発熱や倦怠感、食欲低下などの症状も見られ、病気が進行すると、周囲組織のリンパ管炎へと悪化していきます。この疾患に対しては、早期の抗生物質療法が大切となりますので、蜂窩織炎の疑いがある時には、速やかに獣医師の診察を受けるようにしましょう。

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立ち腫れになり易い馬

馬によっては、立ち腫れになり易い個体もあります。一般的に、高齢馬は立ち腫れしやすいことが知られており、この要因としては、若齢馬に比べて、リンパ系器官の機能が低下していることが挙げられています。また、加齢によって、関節炎などの慢性的な運動器疾患を患っている場合にも、運動量の低下から、下肢のリンパ液滞留に繋がり易いことも一因であると言われています。

更に、脱水症状に陥っている馬も、立ち腫れを起こし易いことが知られています。この事象は、長距離輸送の後や、夏季の競技会に参加した馬などに見られます。加えて、過去に蜂窩織炎を発症したことのある馬では、末梢のリンパ管に損傷が蓄積しているため、リンパ液の貯留に陥りやすく、立ち腫れを生じやすくなると言われています。

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馬の立ち腫れを予防する対策

立ち腫れを予防するシンプルな方法は、可能な限り、馬を放牧することになります。勿論、全ての馬が、常に放牧できる環境にある訳ではなく、飼養管理の制限からも、これが難しいことも多いと思いますが、出来うる対策を取れば問題は無いと言えます。何故なら、一般的な立ち腫れは、怪我でも病気でもなく、痛みを伴うものでも無く、原則として、馬の健康や能力を損なうものでも無いからです。

多くの場合、厩舎肢巻きを装着させることで、立ち腫れを予防することが可能ですが、これは、正しく実施する必要があります。厩舎肢巻きに用いるバンテージは、常に清潔に保つことが大切で、汗や皮脂が染み込んだバンテージは、容易に細菌の温床になって、慢性的な皮膚病の原因になり得ます。また、肢巻きがキツくなり過ぎると、リンパ液の循環を妨げてしまい、立ち腫れを予防するどころか、むしろ悪化させてしまう事もあります。

また、腫れを抑える効能を謳った軟膏も、多種類が市販されていますが、長期的な立ち腫れの管理において、これらの軟膏に頼り過ぎることは推奨されません。馬の立ち腫れを防ぐ最善の方策は、馬が馬房外で過ごす時間を増やすことに他ならないからです。馬の立ち腫れは、遅延なく認識して、適切に対処すれば、深刻に悩む必要は無いと言えます。

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Photo courtesy of Horse Illustrated. April 1st, 2023.

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