オメプラゾールの投与中止の方針
話題 - 2023年07月31日 (月)

馬は胃潰瘍を起こし易い動物であることが知られており、近年では、プロトンポンプ抑制剤であるオメプラゾールの投与によって、良好な治療および予防効果が示されています。しかし、オメプラゾール投与を中止することで、胃潰瘍が再発することがあり、この際には、リバウンド胃酸過多症(Rebound gastric hyperacidity)の関与が懸念されています。
そこで下記の研究では、14頭のサラブレッドを用いて、平地レースの調教を模した運動を課しながら、57日間にわたる持続的なオメプラゾールの経口投与を行なって(4.4mg/kg体重)、その後、オメプラゾール投与を中止し、この期間における血液中のガストリンとクロモグラニンAの濃度測定が行なわれました。
参考文献:
Clark B, Steel C, Vokes J, Shan JR, Gedye K, Lovett A, Sykes BW. Evaluation of the effects of medium-term (57-day) omeprazole administration and of omeprazole discontinuation on serum gastrin and serum chromogranin A concentrations in the horse. J Vet Intern Med. 2023 Jun 30. doi: 10.1111/jvim.16795. Online ahead of print.

一般的に、ガストリンは胃酸分泌を制御する一因子として機能していますが、ヒト医療においては、オメプラゾールで胃酸分泌を抑制する際には、ガストリンのネガティブフィードバックが機能しなくなり、血液中のガストリン濃度が上昇することが知られています。また、ガストリンの増加により、エンテロクロム親和性細胞(ECL細胞)の密度が上昇するため、リバウンド胃酸過多症が起こるメカニズムの一つだと言われています(ECL細胞がヒスタミン分泌することで胃酸分泌が促進される)。通常、ECL細胞の密度は、血液中のクロモグラニンAの濃度を測ることで評価されます。
結果としては、オメプラゾールの投与開始から七日目までに、血液中のガストリン濃度が規定値の2.5倍まで上昇しましたが、それ以降の濃度上昇は認められませんでした。また、オメプラゾールの投与中止後、2~4日間で規定値まで減少したことも分かりました。さらに、血液中のクロモグラニンA濃度は、オメプラゾールの投与開始や投与中止による変化は認められませんでした。

過去の文献では、オメプラゾールの投与中止から三日以内に、胃潰瘍を再発した馬が83%に上ったという報告があり(Shan et al. 3rd ECVSMR Scientific Meeting. 2022)、このため、オメプラゾール投与は急に止めるのではなく、緩やかに投与濃度を減らしていく方針(テーパリング)が推奨されています。しかし、今回の研究では、オメプラゾール中止後、わずか数日でガストリン濃度が元の値に戻っていることから、オメプラゾールの投与を緩やかに中止させる方針の有益性を示唆するデータは示されなかったと結論付けられています。なお、ヒト医療では、オメプラゾール中止後、ガストリンの濃度上昇が四週間も続くことが報告されており(Reimer et al. Gastroenterology. 2009;137:80)、今回の研究では相反するデータが示されたと言えます。
この研究では、馬に対するオメプラゾール投与を中止する際には、中止後の2~4日間にかけて、胃潰瘍のリスクを下げる飼養管理を行なうという方針が提唱されており、具体的には、休養させる、運動量を抑える、アルファルファ等の粗飼料の給餌量を増やす、などが挙げられています。ただ、より長期間にわたるオメプラゾール投与が行なわれた場合には、その中止後における作用や、テーパリングの有用性については、更なる検証を要すると考察されています。また、オメプラゾールの中止後の数日間に胃の内視鏡検査を実施して、胃潰瘍の病態を評価する必要もあると提唱されています。

一般的に、馬の胃潰瘍では、オメプラゾール投与はあくまで補助的な制御法であり、本来は、胃潰瘍を起こしにくい飼養管理の改善を第一指針とすべきであると言えます。これには、給餌回数を増やす、放牧時間を増やす、ストレスの少ない飼養環境に置く、糖分や澱粉の多給を避ける、適切な蛋白質給餌量を維持する、十分な飲水量を維持させる、運動前に少量の給餌を行なう、などが含まれます。もし、胃潰瘍の原因を放置したまま、オメプラゾール投与に頼っていた場合には、その投与を中止すれば、胃潰瘍の再発を見ることは必然なのかもしれません。
Photo courtesy of Equine Veterinary Education. Mar 4th, 2021.
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