fc2ブログ
RSS

馬の経鼻チューブ処置による副鼻腔炎

20230406_Blog_Topic230_z_SinstisAssNGT3hrs_Pict1.jpg

一般的に馬は、嘔吐が殆ど出来ない動物であるため、経鼻チューブで胃へとアクセスすることは、馬の消化器疾患の診察において非常に重要になります。一方で、馬の獣医師は、経鼻チューブ処置を介して起こり得る合併症についても知っておく必要があります。下記の研究では、米国のカリフォルニア大学デービス校の獣医病院で診察した馬のなかで、経鼻チューブに起因して副鼻腔炎を発症した三頭の症例について報告されています。

参考文献:
Nieto JE, Yamout S, Dechant JE. Sinusitis associated with nasogastric intubation in 3 horses. Can Vet J. 2014 Jun;55(6):554-8.

一頭目の症例は、四歳齢のモルガン牡馬(体重400kg)で、盲腸食滞の治療のため開腹術が行なわれ、空腸結腸吻合術が施されました。術中も経鼻チューブは留置されたままで、麻酔覚醒の直前にチューブは除去されましたが、術後12時間で発熱して、術後36時間で両側性の粘性鼻汁排出を呈しました。鼻汁はその後も続き、術後五日目に、X線で副鼻腔内の水平ラインを視認することで副鼻腔炎の診断が下され、術後六日目に上顎洞の円鋸術を介した副鼻腔洗浄が実施されました。この馬は、術後の七日目に退院しましたが、抗生剤投与と副鼻腔洗浄は続けられ、退院の九日後に鼻汁症状は良化しました。術後の三ヶ月目に、術創ヘルニアを起こしたため形成手術を受けましたが、その後の十年間にわたって、副鼻腔炎の再発は認められませんでした。

20230406_Blog_Topic230_z_SinstisAssNGT3hrs_Pict2.jpg

二頭目の症例は、16歳齢のアングロアラブ牝馬(体重550kg)で、疝痛治療のため経鼻チューブ処置を受けた後に入院し、開腹術にて、空腸の胃脾間膜絞扼が確認され、端々吻合術が実施されました。術中も、経鼻チューブを通して胃逆流液が排出されましたが、麻酔覚醒前にチューブは除去されました。覚醒後には、経鼻チューブが入れ直され、術後四日目まで約60L/日の逆流液排出が見られ、発熱や発咳も認められました。この馬は、術後五日目に再度の開腹術で、空腸の癒着箇所が整復されましたが、その翌日から粘性鼻汁排出が認められ、X線検査で副鼻腔炎が確認されました。その後は、抗生剤投与による治療のみが実施され、二ヶ月後までには鼻汁排出が治癒したことが報告されています。

三頭目の症例は、六歳齢のペルシェロン騙馬(体重800kg)で、疝痛治療で経鼻チューブ処置を受けた後に入院し、重度疼痛のため開腹術となり、結腸捻転が発見・整復されました(腸管切除は無し)。術中も、経鼻チューブは留置されており(麻酔覚醒時には除去)、術後は、経鼻チューブで逆流液がチェックされたものの留置はされませんでした。しかし、術後四日目に排便停滞して、経鼻チューブによるミネラルオイルが投与され、術後六日目から粘性鼻汁排出が認められ、X線で副鼻腔炎と診断されました。その後は、抗生剤の投与のみで退院となり、その二週間後までに副鼻腔炎が治癒したと報告されています。

20230406_Blog_Topic230_z_SinstisAssNGT3hrs_Pict3.jpg

今回の研究が行なわれた獣医病院では、馬の開腹術を実施する際に、胃破裂の予防のため、ほぼ必ず経鼻チューブが留置されたと報告されています。また、チューブが食渣で詰まってしまうと、チューブの周りを通って、胃内容物が食道から鼻腔へと逆流することがあると述べられています。一般的に、馬の開腹術は仰臥位で施術されることから、鼻腔に達した胃内容物は、重力的に副鼻腔へと流れ込んでしまうと推測されています。また、麻酔覚醒の前には、経鼻チューブは引き抜かれますが、その際にも、鼻腔内へと胃内容物が迷入してしまう可能性があると考察されています(麻酔中で食道が弛緩したり、自発的嚥下が起こらないため)。

この研究では、調査対象となった期間における、開腹術の総数は記述されておらず、術中に経鼻チューブを留置した場合における、副鼻腔炎の発生率は報告されていませんでした。しかし、もし経鼻チューブを抜いた時に、チューブの外面に胃内容物が付着しているときには、麻酔覚醒後に馬の鼻腔内を生食で洗浄することで、副鼻腔炎の予防を図ることが提唱されています。幸いにも、今回の三頭の症例は、術後や退院後の加療によって、いずれも短期間で副鼻腔炎は治癒していました。一方、このような副鼻腔炎のリスクを鑑みれば、開腹術中の経鼻チューブの留置は、全症例に対してルーチンで行なうのは避けるべきなのかもしれません。

20230406_Blog_Topic230_z_SinstisAssNGT3hrs_Pict4.jpg

ヒト医療の知見を見ると、経口チューブよりも経鼻チューブのほうが、副鼻腔炎を起こし易いことが報告されています。そして、その要因としては、チューブを介して胃内容が鼻腔を汚染すると言うよりも、チューブによる刺激で鼻腔粘膜が浮腫を起こしてしまうことが挙げられています。また、副鼻腔炎の発生率を見ると、経鼻チューブの留置が五日間未満では0.3%に過ぎないのに対して、五日間以上では40%と顕著に高くなることも示されています。

Photo courtesy of Can Vet J. 2014 Jun;55(6):554-8.

関連記事:
・経鼻チューブの太さと胃液逆流の関係性
・馬の経鼻チューブ処置による獣医師の安全性
・馬の経鼻チューブを失敗しない36個のコツ
関連記事
このエントリーのタグ: 疝痛 治療 検査

プロフィール

Rowdy Pony

Author:Rowdy Pony
名前: 石原章和
性別: 男性
年齢: アラフィフ
住所: 北関東
職業: 獣医師・獣医学博士
叩けよ、さらば開かれん!

質問、御意見、記事の要望等は下記まで
E-mail: rowdyponies@gmail.com

最新記事

ブログメニュー

サイト内タグ一覧

推薦図書

FC2カウンター

関連サイト

リンク

カレンダー

08 | 2023/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

馬獣医療機器

月別アーカイブ

お断わり

20130414_Blog_Message_Pict1.jpg
このサイトに掲載されているイラスト、画像、文章は、すべて管理主自身が作成したもの、もしくは、著作権フリーの素材リンクから転載したものです。

カテゴリ

ホースケア用品

全記事表示リンク

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
70位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
自然科学
10位
アクセスランキングを見る>>

FC2ブログランキング

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

関連サイト

QRコード

QR