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馬の難産手術での予後に関する危険因子

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馬の流産は、繁殖及び生産の産業において、非常に大きな経済的損失を生み出すと同時に、母馬の健康と福祉にも多大な悪影響を及ぼします。ここでは、難産の外科的手術における、予後に関わる因子を解析した知見を紹介します。

参考文献:
Rioja E, Cernicchiaro N, Costa MC, Valverde A. Perioperative risk factors for mortality and length of hospitalization in mares with dystocia undergoing general anesthesia: a retrospective study. Can Vet J. 2012 May;53(5):502-10.

この研究では、1995〜2009年にかけて、カナダのゲルフ大学の獣医病院において、難産の外科的治療ために全身麻酔が行なわれた65頭の症例馬の、医療記録の回顧的解析、および、オッズ比(OR)の算出による危険因子の解析が実施されました。



結果としては、外科的な難産における死亡率は22%(14/65頭)に及んでおり、平均の入院日数は6.3日となっていました。これらの死亡の原因としては、麻酔覚醒中の股関節脱臼/骨折(5頭)、血腹症(3頭)、敗血症による心脈管コラプス(3頭)、繁殖馬としての予後が不良だと判断されたことによる安楽殺(3頭)などが含まれました。

この研究では、術前の血中総蛋白濃度を見ると、生存馬(71.6g/L)のほうが、非生存馬(61.0g/L)よりも有意に高いことが分かり、このため、総蛋白濃度が10g/L上がるごとに、死亡率が1/3以下まで下がる(OR=0.30)というデータが示されました。この要因としては、アルブミン濃度が低い症例では、浸透圧低下から浮腫形成が起き易くなったこと、グロブリン濃度が低い症例では免疫機能低下を引き起こしたこと、フィブリノーゲン濃度が低い症例では血液凝固障害を発症しやすかったこと、および、血漿蛋白親和性の高い麻酔薬の動態が不安定になったこと、等が挙げられています。

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この研究では、術前の血中ナトリウム濃度を見ると、生存馬(144.6mmol/L)のほうが、非生存馬(142.6mmol/L)よりも有意に高いことが分かり、このため、血中ナトリウム濃度が144.2mmol/L以上である場合には、死亡率が1/6程度まで下がる(OR=0.17)というデータが示されました。この要因としては、低ナトリウム血症を伴うような重篤な腸炎や内毒素血症を起こした症例ほど、生存できない割合が高くなったことが考えられますが、平均値で見たときの両群の差異は僅かであるため、臨床的な有意性は不明瞭であると考察されています。



この研究では、麻酔中または覚醒中にオキシトシンが投与された馬の割合は、生存馬(47%)に比較して、非生存馬(7%)のほうが有意に低かったことが示されており、このため、オキシトシン投与により、死亡率は1/10以下まで下がる(OR=0.09)というデータが示されました。この理由としては、死亡した症例の半数以上が、重度な子宮裂傷や腸管穿孔を起こしていて、オキシトシン治療に至ることなく安楽殺となったことが挙げられています。つまり、一次病態の深刻さが、オキシトシン投与が選択されなかった要因であり、必ずしも、オキシトシンそのものが生存率を上げる効能を示した訳ではない、と考察されています。

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この研究では、術中に低血圧(平均動脈血圧が60mmHg未満)を呈した症例の割合は、生存馬(31%)のほうが、非生存馬(58%)よりも有意に低いことが分かり、このため、術中低血圧が起こった場合には、死亡率が三倍以上も高くなる(OR=3.1)ことが示されました(有意性は境界域[p=0.09])。また、術中に高二酸化炭素血圧(平均動脈CO2分圧が60mmHg以上)を呈した症例の割合は、生存馬(9%)のほうが、非生存馬(27%)よりも有意に低いことが分かり、このため、術中高CO2血症が起こった場合には、死亡率が四倍近く高くなる(OR=3.66)ことが示されました(有意性は境界域[p=0.13])。これらは、麻酔中に、呼吸循環機能を維持することの重要性を再確認させるデータであると同時に、全身状態が悪く、術中の血圧や換気が障害されるような個体ほど、難産治療による生存率も低くなる傾向を示した結果であると推測されました。



この研究では、脱水の度合いを軽度(0〜5%)、中程度(6〜8%)、重度(9%以上)に分類しており、重度脱水を示した症例の割合は、生存馬(5%)のほうが、非生存馬(27%)よりも有意に低いことが分かり、このため、脱水が重度であった場合には、死亡率が七倍以上も高くなる(OR=7.13)というデータが示されました。この理由としては、重度脱水と麻酔負荷が重なることで、組織の低酸素状態や低灌流が引き起こされ、多臓器不全が生じたことが示唆されており、術前および術中の補液療法により、全身水和状態の補正が重要であることが再確認される結果であると言えます。

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この研究では、術前における難産の経過時間を見ると、生存馬(5.9時間)のほうが、非生存馬(6.5時間)よりも有意に短いことが分かり、このため、難産の経過時間が4.5時間を超えると、死亡率が四倍も高くなる(OR=4.00)というデータが示されました(有意性は境界域[p=0.07])。このため、難産の手術における早期治療の重要性が、改めて示されたと言えます。一方で、経過時間が6.5時間を超えると、ORは1.50まで下がっていましたが、これは、手術を遅らせた方が生存率が上がるという解釈ではなく、胎位や母体の全身状態が重篤で、帝王切開を要すると即決できた症例ほど、術前経過時間が短くなり、死亡率も高かったことを反映したデータだと考えられました。



この研究では、手術時の麻酔時間を見ると、0.8時間未満であった症例に比較して、0.8〜2.25時間であった症例では、死亡率が三倍近く高い(OR=2.8)ことが分かりましたが、一方で、2.25〜3時間ではOR=0.27となり、3時間以上ではOR=0.86となっていました。このうち、麻酔時間が一時間以内のケースでは、開腹術を要しない、麻酔下経腟分娩(CVD)が殆どであったため、母馬の生存率が高くなったと推測されます。一方、麻酔時間が2.25時間未満のケースでは、2.25時間以上のケースよりも死亡率が高かったのは、難産病態が重篤で、翌年以降の繁殖機能が損なわれると判断された症例において、術中の安楽殺が選択されて、結果的に、麻酔時間が短くなったためと考察されています(つまり、敢えて麻酔時間を2.25時間以上に伸ばしても、生存率は向上しないと解釈される)。

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この研究では、麻酔後の覚醒時間を見ると、生存馬では平均62.9分間(範囲:20〜300分間)、非生存馬では平均86.0分間(範囲:25〜140分間)であり、両群間に有意差はありませんでした。ただ、術後に生存する馬であっても、難産の麻酔覚醒には一時間以上を要する症例が多いこと、および、難産の麻酔覚醒では最長で五時間に及ぶ症例もあることが読み取れます。このため、難産の外科的治療に際しては、適切な起立介助の設備を整備しておいたり(吊起帯やホイスト機器など)、術中の血圧管理や補液により、覚醒時に起こりうる合併症(筋区画シンドロームや橈骨神経麻痺等)の予防を図ることが重要であると考えられました。

この研究では、胎児が死亡していた場合(入院時)での母馬の生存率は78.8%で、胎児が生きていた場合での母馬の生存率(77.0%)と有意差はありませんでした。また、難産手術のタイプ別での母馬の生存率を見ても、CVDでは92.3%、切胎術では69.2%、帝王切開では82.9%となっており、いずれの群間にも有意差は認められませんでした。その他、身体検査や血液検査の所見、母馬の品種や年齢、早産か否かの違い、麻酔薬や補液の種類なども、母馬の生存率とは有意には相関していませんでした。

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関連記事:
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このエントリーのタグ: 繁殖学 手術

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