馬の流産における切胎術の影響
話題 - 2023年08月12日 (土)

馬の流産は、繁殖及び生産の産業において、非常に大きな経済的損失を生み出すと同時に、母馬の健康と福祉にも多大な悪影響を及ぼします。ここでは、胎児が死亡していた場合に適応される切胎術(Fetotomy)における、母馬の生存率に関して調査した知見を紹介します。この研究では、イタリアの二箇所の獣医病院において、1991〜2005年にかけて、流産の治療として切胎術が実施された72頭の牝馬における医療記録の回顧的調査が行なわれました。
参考文献:
Carluccio A, Contri A, Tosi U, De Amicis I, De Fanti C. Survival rate and short-term fertility rate associated with the use of fetotomy for resolution of dystocia in mares: 72 cases (1991-2005). J Am Vet Med Assoc. 2007 May 15;230(10):1502-5.
結果としては、切胎術が適応された母馬の生存率は95.8%(69/72頭)に上っており、死亡した三頭の原因は、内毒素血症(二頭)と子宮破裂(一頭)となっていました。他の合併症としては、蹄葉炎(6.9%)、胎盤停滞(5.5%)、腟裂傷(2.8%)、子宮内反遅延(2.8%)が含まれました。なお、切胎術の際には、胎児を三つに分割した場合が殆ど(94%)を占めていました。

一般的に、流産胎児が死亡していて、そのまま経腟娩出できないケースでは、切胎術または帝王切開で摘出することになりますが、前者は膣に対する、後者は子宮に対する侵襲性が高くなり易いという違いがあります。そして、切胎術および帝王切開のいずれにおいても、その実施を選択するまでに、長時間にわたって経腟娩出を試みてしまうと、不必要な腟損傷を起こして、母馬の生存率や将来的な繁殖能力の低下に繋がってしまう、という警鐘が鳴らされています。
過去の文献では、帝王切開での母馬の生存率は80〜85%と報告されており[1,2]、今回の研究における切胎術のほうが、生存率が高いと言えます。一方、他の文献では、切胎術後の母馬の生存率が56%に留まった[3]という知見もあります。このように、生存率に多様性が生じる理由としては、各治療法の選択方針や術者の技量等が挙げられており、一概に、特定の治療法の効能を過大評価はできないと提唱されています。また、今回の研究においては、入院時に産道内の胎児が死亡しているのが確認された場合には、用手での娩出を試みることなく、速やかに切胎術が施されるという傾向にあったため、母馬の疲労や腟組織への損傷を抑えられた、という考察もなされています。

この研究では、切胎術から生存した後、同年に繁殖使役された母馬のうち、同一繁殖期に妊娠できたのは79.4%に上っていました。一方、同地域で同年に正常分娩した対照牝馬群では、同年に妊娠できたのは82.3%であり、統計的に見て、症例馬と対照馬の妊娠率には有意差が無かったことが報告されています。ただ、今回の研究では、妊娠が確認された後、45日間しか経過追跡していないため、切胎術後の妊娠成功率を過大評価されている可能性があると考察されています。
この研究では、流産胎児の姿勢としては、頭位が75%で最も多く、次いで、尾位が18%、横位が7%となっていました。また、頭位の胎児に認められた姿勢異常のうち、頭頚屈曲を呈したものが57%にのぼり、その2/3では、横方向への頭頚屈曲となっていました。他の姿勢異常としては、手根屈曲が20%(その九割が両側性)、肩部屈曲が11%(その五割が両側性)でした。

Photo courtesy of Frazer G. Fetotomy technique in the mare. Equine Vet Edu. Jan 5th, 2010.
参考文献:
[1] Vandeplassche MM. Dystocia. In: McKinnon A, Voss J, ed. Equine reproduction. Philadelphia: Lea & Febiger, 1993;578–587.
[2] Freeman DE, Hungerford LL, Schaeffer D, et al. Caesarean section and other methods for assisted delivery: comparison of effects on mare mortality and complications. Equine Vet J 1999;31:203–207.
[3] Byron CR, Embertson RM, Bernard WV, et al. Dystocia in referral hospital setting: approach and results. Equine Vet J 2002;35:82–85.
参考動画:How to perform a foetotomy (Kate May)

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