馬の息労では口蓋病が続発する?
話題 - 2023年08月14日 (月)

近年、馬の呼吸器疾患に関する獣医学領域では、「統合気道疾患(Unified airway disease)」という理論が提唱されています。これは、上部気道と下部気道は、生理学的および機能的に同じユニットを形成しているのだから、上下気道の病気も一緒に発症するものである、という仮説に基づいています。
ここでは、下部気道疾患である息労(喘息)と、上部気道疾患である口蓋病の関連性について調査した知見を紹介します。この研究では、ポーランドのワルシャワ大学の獣医病院において、2020〜2022年にかけて、重度の息労(回帰性気道閉塞、いわゆる喘息)の診療を受けた46頭の症例馬に対して、運動中の内視鏡検査の実施、および、治療の前後での病態比較が行なわれました。
参考文献:
Kozlowska N, Wierzbicka M, Pawlinski B, Domino M. Co-Occurrence of Severe Equine Asthma and Palatal Disorders in Privately Owned Pleasure Horses. Animals (Basel). 2023 Jun 12;13(12):1962. doi: 10.3390/ani13121962.

結果としては、息労の罹患馬のうち、口蓋病を発症していた馬は67.4%に及んでおり、その内訳は、口蓋不安定症(PI: Palatal instability)が39.1%と最も多く、次いで、軟口蓋背側変位(DDSP: Dorsal displacement of the soft palate)が28.3%となっていました。また、口蓋病を続発していた馬では、そうでない馬に比べて、気管支肺胞洗浄液中の好中球濃度が有意に高くなっていました。更に、息労に対する内科的治療が実施された後では、口蓋病の有病率が顕著に低下していたことが分かり、PIが認められた馬は0%で、DDSPを呈していた馬も8.7%に留まっていました。(下写真のCがPI、下写真のDがDDSP)
このため、重度の息労を起こした馬では、口蓋病を続発する可能性があることが示唆されており、息労の治療が奏功すれば、口蓋病も快方に向かうというデータが示されました。このような関連性が生じる要因としては、気道炎症が軟口蓋の神経筋虚弱を引き起こすこと、および、気道閉塞に対して代償性に上部気道陰圧の上昇が起こること、等が挙げられています。このため、治療に際しても、気道閉塞/炎症の軽減を施すことで、口蓋病の治癒にも繋がるという考察が成されています(いきなり、PI/DDSPに対するタイフォワード手術を行なうのではなく、ネブライザーでの気管支拡張/抗炎症剤の投与を試みる等)。

ヒト医療においては、「一つの気道、一つの病気(One airway, One disease)」というコンセプトが提唱されており、呼吸器病の診断や治療において、上下気道の疾患に統合的に対処することの重要性が認識されています。例えば、喘息患者の八割が鼻炎を併発し、鼻炎患者の三割が喘息を併発していることが知られており、その因果関係の解明(どちらがどちらを続発させているのか?)、および、治療方法の優先度や、治療効果を適切に判定する方針について、知見やエビデンスの深化が進んでいます。
一方、ヒト医療での喘息の内科治療では、全身投与される薬剤の一部で、明瞭な筋細胞損傷を引き起こすことが分かってきています(アセチルシステイン等)。この作用は、骨格筋で確認されていますが、軟口蓋などの気道筋組織にも起こりうると推測されています。つまり、馬においても、息労という病気が口蓋病を続発させたのではなく、息労の治療薬が口蓋病の発症素因になっている可能性は否定できない、という警鐘が鳴らされており、今後の研究の要ありと考察されています。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
関連記事:
・内視鏡誘導による馬の鼻中隔の切除術
・馬の円鋸術における立位CTの有用性
・馬での鼻道壁補強テープによる体温調節
・馬のタイバック手術での二重ループ法
・馬の喉頭片麻痺での外科的治療法の比較
・馬の喉頭片麻痺に対する披裂角切除術
・馬の声帯切除術による経喉頭抵抗の緩和
・馬の舌縛りと気道内径の関連性
・ハンター競走馬の鼻出血の危険因子
・乗馬のDDSPはクスリで治せる
・レース中の馬の内視鏡検査