競走馬のプアパフォーマンスの原因疾患と運動能力指標との関連性
話題 - 2023年08月21日 (月)

競馬のレースにおいて、人気馬が惨敗した時には、その理由がハッキリとは分からない事も多々あります。一般的に、競走馬のプアパフォーマンスの要因としては、運動器系、呼吸器系、心脈管系などの疾患が関与していると言われていますが、それらの複合性については詳細には解明されていません。ここでは、スタンダードブレッドの競走馬におけるプアパフォーマンスについて調査した知見を紹介します。
参考文献:
Lo Feudo CM, Stucchi L, Conturba B, Stancari G, Zucca E, Ferrucci F. Medical causes of poor performance and their associations with fitness in Standardbred racehorses. J Vet Intern Med. 2023 May 6. doi: 10.1111/jvim.16734. Online ahead of print.
この研究では、イタリアのミラノ大学の獣医病院において、2002~2021年にかけて、競馬レースで認められたプアパフォーマンスの原因解明のため診断依頼のあった、計259頭のスタンダードブレッド競走馬における医療記録の回顧的解析が行なわれました。また、各馬の運動能力指標も計測され、オッズ比(OR)とROC曲線下面積(AUC)の算出によって、各指標による原因疾患の予測能が判定されました。
結果としては、諸検査において見つかった、プアパフォーマンスの原因と推定される疾患のうち、原因疾患が一つだけ見つかった馬は11.6%に留まっており、原因疾患が二つ見つかった馬は25.9%、三つ見つかった馬は37.4%に上っており、更に、四つ見つかった馬は18.5%で、五つ見つかった馬も5.8%に達していました。なお、具体的な検査内容としては、身体検査、跛行検査、心電図検査、上部気道の内視鏡、トレッドミル運動負荷試験、血液検査、胃の内視鏡検査などが含まれました。

この研究では、内視鏡検査と気管支肺胞洗浄検査によって呼吸器系疾患の診断が下されましたが、そのうち、混合細胞性の喘息を発症していた馬は55.8%に及んでおり、次いで、好酸球/肥満細胞性の喘息を発症していた馬が30.7%、好中球性の喘息を発症していた馬が10.7%となっていました。なお、気管支肺胞洗浄液に含まれるマクロファージや好酸球の数は、馬の年齢と負の相関を示していた一方で、肥満細胞の数は、馬の年齢と正の相関を示していました。
この研究では、胃の内視鏡検査によって、無腺部(扁平上皮部)の胃潰瘍を発症していた馬が98.8%に及んでいました。このうち、胃潰瘍の重症度別に見ると、グレード1が1.2%、グレード2が9.8%、グレード3が18.5%であり、グレード4の無腺部胃潰瘍を発症していた馬が69.4%に達していました。また、腺部の胃潰瘍を発症していた馬も57.8%に及んでいました。なお、馬の年齢は、無腺部胃潰瘍の有無やグレード、および、腺部胃潰瘍の有無とは相関しておらず、これらは、性別間でも有意差は認められませんでした。
この研究では、トレッドミル運動中の内視鏡検査において、動的上部気道閉塞の発症が認められた馬が43.5%に及んでいました。このうち、重篤な動的上部気道閉塞を発症していた馬は25.8%に上っており、また、複数タイプの動的上部気道閉塞が認められた馬も13.3%に達していました。一方、運動後の気管支内視鏡において、運動誘発性肺出血の発症が認められた馬は60.2%に及んでいました。このうち、肺出血の重症度別に見ると、グレード1が23.2%、グレード2が22.8%、グレード3が10.6%、グレード4が3.7%となっていました。なお、肺出血のグレードは、馬の年齢と正の相関を示していました。

この研究では、運動性の横紋筋融解症の臨床症状を示していた馬は16.5%であり、これらの馬のうち、牝馬が52.4%を占めていましたが、性別間の有意差はありませんでした。また、血液検査におけるCK濃度の異常値が認められた馬は11%であり、牝馬のほうが有意に高い測定値を示していました(馬の年齢との有意な相関は無し)。一方で、心電図検査において、臨床的に有意と判断されるレベルの不整脈が認められた馬は18.5%となっていました(馬の年齢や性別との有意な相関は無し)。
以上の結果から、競走馬のプアパフォーマンスでは、複数の原因疾患が関与している可能性が示唆されており、原因解明のためには、複数系統の検査方法を駆使して、各馬の全身状態を網羅的に精査することの重要性を再確認させるデータが示されたと言えます。しかし、当然ながら、検査時に発見された疾患が、実際のレース時にプアパフォーマンスを引き起こしたか否かの因果関係は証明されていません。このため、パフォーマンス向上を図るために、どの疾患を定期的検査で監視すべきか、そして、どの疾患への予防対策を優先すべきかについては、ケースバイケースで判断する必要があると言えそうです。
この研究では、各馬の運動能力における指標として、心拍数が200回/分になる際の襲歩速度(V200)が計測され、V200が8m/秒以上である馬では、喘息のリスクが二割以上も低下すること(OR=0.77)、および、気道閉塞のリスクが三割近くも低下すること(OR=0.72)が示されました。そして、V200の測定値を用いたリスク予測では、中程度の信頼性(AUC=0.73)が期待されることが分かり、この際の陽性的中率は69.4%で、陰性的中率は68.8%となっていました。また、V200測定値と血中CK濃度とのあいだにも、負の相関が確認されました。

この研究では、各馬の運動能力における指標として、血中乳酸濃度が4mmol/Lになる際の襲歩速度(VLa4)が計測され、VLa4が8m/秒以上である馬では、気道閉塞のリスクが約二割も低下すること(OR=0.80)、および、胃潰瘍のリスクが三割以上も低下すること(OR=0.68)が示されました。そして、VLa4の測定値を用いたリスク予測では、概ね良好な信頼性(AUC=0.78)が期待されることが分かり、この際の陽性的中率は68.8%で、陰性的中率は75.4%となっていました。また、VLa4測定値と血中CK濃度とのあいだにも、負の相関が確認されました。
以上の結果から、幾つかの馬の運動能力指標は、プアパフォーマンスの原因疾患を事前に予測するために有用であるという可能性が示唆されました。勿論、V200およびVLa4の測定値を正確に得るためには、トレッドミル運動中の心拍測定や採血を要するなど、実際の競走馬のトレーニングにそのまま適応するにはハードルが高い側面もあります。しかし、競走馬の調教プロトコルの中に、心拍数や血中乳酸濃度などの測定を組み入れて、その経時的推移をコンディション管理に応用することで、プアパフォーマンスを未然に予測して対策を取れる可能性もあると考えられました。
この研究では、各馬の運動能力指標として、V200やVLa4の他にも、血中乳酸濃度が4mmol/Lになる際の心拍数(HRLa4)、血中乳酸濃度の最大値(Lacmax)、疲労するまでの最高速度(Vmax)、運動30分後の血中乳酸濃度(Lac30)、運動30分後の心拍数(HR30)、血液pHの最低値(pHmin)、ヘマトクリット値の最高値(Hctmax)などが含まれましたが、いずれも、プアパフォーマンスの原因疾患に関する検査所見とは、統計的に有意な相関は示していませんでした。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
関連記事:
・競走馬の不整脈とプアパフォーマンスの関連性
・馬の心調律障害とプアパフォーマンスの関連性