fc2ブログ
RSS

馬の関節炎での唾液バイオマーカー

20230728_Blog_Topic241_SalvryBGN262_NvlBmkEqOA_Pict1.jpg

馬の関節炎は、最も発症率の高い運動器疾患の一つであり、再生能に乏しい軟骨に損傷をきたすと予後が芳しくないことから、早期診断と早期治療が重要な疾患であると言えます。このため、馬の体液サンプルの含有成分のなかでも、関節炎の病態と相関している様々なバイオマーカーの検出が試みられています。下記の研究では、軟骨や軟骨下骨が損傷および変性したときに遊離される、ビグリカン代謝産物(BGN262: biglycan-neo-epitope-BGN262)に着目し、関節炎の発症馬と対照馬における唾液中の濃度測定が実施されました。

参考文献:
Adepu S, Lord M, Hugoh Z, Nystrom S, Mattsson-Hulten L, Abrahamsson-Aurell K, Lutzelschwab C, Skioldebrand E. Salivary biglycan-neo-epitope-BGN262: A novel surrogate biomarker for equine osteoarthritic sub-chondral bone sclerosis and to monitor the effect of short-term training and surface arena. Osteoarthr Cartil Open. 2023 Mar 15;5(2):100354.

結果としては、唾液中のBGN262の平均濃度は、対照馬(11.1ng/ml)に比べて、関節炎の発症馬(17.9ng/ml)のほうが有意に高いことが分かりました。また、この測定値に基づいて、ROC曲線下面積(AUC)を算出したところ、良好な鑑別能を得られることが示され(AUC=0.83)、唾液検査でBGN262を測定することで、八割以上の信頼性で、関節炎の発症馬を抽出できる可能性が示唆されました。今回の研究では、独自にデザインしたELISAキットを用いてBGN262濃度が測定されていることから、将来的な臨床応用においては、使用する免疫抗体の種類やクォリティによって、検出感度が左右されると考えられます。

20230728_Blog_Topic241_SalvryBGN262_NvlBmkEqOA_Pict2.jpg

一般的に、ビグリカンは、骨や軟骨の組織に含まれるプロテオグリカンの一つで、骨形成や骨基質石灰化に関与しており、骨組織の恒常性維持に寄与していることが知られています。また、先行研究では、ヒトの関節炎の患者では、関節液中のBGN262濃度が上昇することが報告されており、マウスの関節炎の実験モデルでは、血清中のBGN262濃度が上昇するという知見もあります。更に、馬の関節液中のBGN262濃度は、長期的なレース調教、軟骨下骨の損傷、および、小片骨折の有無などによって上昇することが示されており、加えて、若齢な競走馬での調教開始から半年以内において、有意な濃度上昇が起こることも知られています(Adepu et al. Osteoarthritis Cartilage. 2022;30:1328)。

この研究では、血漿や血清ではなく、唾液のサンプル中のBGN262を測ることで、関節炎の発症を検知できるという知見が示されており、侵襲性の低い網羅的なスクリーニングの手法になりうると考えられることから、実際に、競走馬や競技馬を全頭検査して、関節炎の発症馬を発見できる可能性があると推測されます。ただ、あくまで基礎研究でのデータであり、検査対象の頭数も、対照馬が19頭で、発症馬が9頭と少ないため、今後は、より多頭数からのデータを解析する要ありと言えます。また、今回の研究の取り込み基準は、跛行を呈して、屈曲試験に陽性を示し、X線またはエコーで関節炎の所見が認められた馬であったことから、歩様や画像上の異常を認めない初期病態の関節炎を早期診断できるか否かは分かりませんでした。

20230728_Blog_Topic241_SalvryBGN262_NvlBmkEqOA_Pict3.jpg

この研究では、運動強度や馬場組成による測定値への影響も評価されており、短期間で運動強度を増加させた場合には、唾液中のBGN262濃度が上昇すること、および、砂地での運動後には、唾液中のBGN262濃度が低値になることが示されています。このため、実際に、唾液中のBGN262濃度を用いて、関節炎のスクリーニングを試みる際には、運動の強度や頻度に応じた基準値を定めることが必要で、また、運動から採材までの時間も統一させることが重要であると推測されています。一方、先行研究によれば、BGN262濃度と馬の年齢には有意な相関が無いことが報告されており、ビグリカンの代謝系では、骨格系の成熟よりも、骨や軟骨への負荷や損傷の有無が及ぼす影響のほうが大きい、という考察が成されています。

一般的に、唾液の含有成分の中には、唾液の分泌量に応じて濃度変化したり、日内変動や季節変動する成分もあることが知られています。しかし、今回の研究や先行研究によれば、馬の唾液中のBGN262濃度は、給餌や咀嚼による影響は受けないことが報告されており、日内/季節変動も示さないことから、特定の疾患や病態を網羅的に検出する際には、有用性が高いと考察されています。また、ヒトの研究では、唾液中のBGN262濃度と、血漿蛋白濃度とのあいだに有意な相関が見られるという知見もありますが、馬では、同様な事象は確認されませんでした。なお、アッセイ時に生じるBGN262成分の分割部位は、動物種間で多様性が低いことから、ヒトや齧歯類での知見を、馬の測定系の応用する場合にも、測定値の信頼性に関する問題は少ないと考察されています。

20230728_Blog_Topic241_SalvryBGN262_NvlBmkEqOA_Pict4.jpg

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
・馬の敗血症での多臓器不全バイオマーカー
・馬の軟骨下骨損傷のバイオマーカー
・馬の腎不全のバイオマーカー
・馬の疝痛での膵臓バイオマーカー
・唾液検査による馬の疝痛の予後判定
・凝血弾性解析法の馬への臨床応用
・SAAによる馬の輸送熱の診断
・SAAによる牝馬の胎盤炎の診断
・SAAによる馬の滑膜感染の診断
関連記事
このエントリーのタグ: 関節炎 検査

プロフィール

Rowdy Pony

Author:Rowdy Pony
名前: 石原章和
性別: 男性
年齢: アラフィフ
住所: 北関東
職業: 獣医師・獣医学博士
叩けよ、さらば開かれん!

質問、御意見、記事の要望等は下記まで
E-mail: rowdyponies@gmail.com

最新記事

ブログメニュー

サイト内タグ一覧

推薦図書

FC2カウンター

関連サイト

リンク

カレンダー

08 | 2023/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

馬獣医療機器

月別アーカイブ

お断わり

20130414_Blog_Message_Pict1.jpg
このサイトに掲載されているイラスト、画像、文章は、すべて管理主自身が作成したもの、もしくは、著作権フリーの素材リンクから転載したものです。

カテゴリ

ホースケア用品

全記事表示リンク

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
70位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
自然科学
10位
アクセスランキングを見る>>

FC2ブログランキング

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

関連サイト

QRコード

QR