馬の直腸背側膿瘍による疝痛
話題 - 2023年08月28日 (月)

一般的に、疝痛症状を起こす馬の消化器疾患のうち、直腸に発症する病気は比較的に稀であることが知られています。ここでは、ドイツのハノーバー大学獣医病院にて、2019〜2021年に診療を受けた、直腸背側膿瘍を呈した六頭の疝痛馬の症例報告を紹介します。
参考文献:
Weber LA, Verhaar N, Feige K. Colic due to dorsally located perirectal abscesses: A retrospective case series of six horses. Equine Vet Edu. 13 July 2023. doi.org/10.1111/eve.13858. Online ahead of print.
プロファイルとしては、直腸背側膿瘍を発症した六頭は、全てオス馬であり(牡馬三頭と騸馬三頭)、年齢の中央値は10ヶ月齢(範囲は四ヶ月齢〜21歳齢)となっていました。また、経過としては、全症例において、軽度〜中程度の回帰性疝痛を呈して入院しており(搬入の3〜48時間前)、直腸での外傷歴があったのは一頭のみでした。
症状としては、頻脈(5/6頭)、頻呼吸(3/6頭)、排便障害による裏急後重またはテネスムス症状(5/6頭)、腸蠕動減退(3/6頭)、脱水(2/6頭)、腹囲膨満(2/6頭)などが含まれましたが、発熱を呈した症例はいませんでした。また、血液検査の異常所見としては、白血球数増加(6/6頭)、乳酸値上昇(5/6頭)、血漿蛋白濃度上昇(3/6頭)、ヘマトクリット値上昇(2/6頭)などが含まれました。

診断としては、直腸検査が行なわれた症例(5/6頭)において、直腸の背側に幅3〜10cmで、長さ4〜10cmの腫瘤が触知されました。肛門からの腫瘤までの距離は5〜20cmであり、直腸内腔への腫瘤の突出により、糞便が停滞していた馬が4/6頭でした。また、経直腸エコー検査が行なわれた症例(5/6頭)では、直腸壁に埋没した紡錘形の断面を持つ袋状の組織(その辺縁は高輝度)の内部に、無輝度〜低輝度の液体貯留を認めて、液体内には高輝度の点状像が見られました。腹腔エコー検査では、腹水貯留(3/6頭)や結腸ガス性膨満(3/6頭)が視認されました(上写真では、RWが直腸壁、Fが膿瘍内容物、Cが膿瘍壁)。
治療としては、殆どの症例(5/6頭)において、立位処置にて、直腸内腔への排膿が施されました。この際には、直腸便を用手除去したあと、手指での鈍性切開(4/5頭)またはメス切開(1/5頭)にて、直腸と膿瘍腔が連絡されて、排膿した膿瘍内腔を掻爬した後、イオジン液または生食での内腔洗浄が五日間にわたって実施されました(膿瘍内への糞塊は起こらなかった)。また、術後には、経鼻チューブによるミネラルオイル投与や、糞便を軟化させる飼養管理(水でふやかしたペレット、ブランマッシュ、オイル添加等)が行なわれました。そして、抗炎症剤(フルニキシン)や抗生物質の全身投与も、五日間行なわれました。なお、残りの一症例に対しては、開腹術での病巣アプローチが試みられましたが、膿瘍が非常に大きく、直腸組織の治癒は期待できないと判断されたため、安楽殺が選択されました(下写真では、DCが横行結腸、ABが膿瘍、Rが直腸)。
予後としては、立位にて直腸内への排膿処置が施された五症例では、膿瘍の再発や、術後の合併症も見られず、非常に良好な予後を示したことが報告されており、入院日数は八日間(中央値)となっていました。退院後、5〜28ヶ月の長期経過が評価された結果、疝痛やテネスムス症状を再発した馬はいなかったことが分かりました。なお、当該病院の全症例数から計算したところ、直腸背側膿瘍の有病率は0.4%であったことも報告されています。

以上の結果から、馬の直腸背側膿瘍は、疝痛の原因になりうる稀な消化器疾患であり、早期発見すれば、直腸内腔への排膿処置によって、比較的に良好な予後が期待できることが示唆されました。この疾患は、有病率は低いものの(250症例に一頭の発生率)、排便障害やテネスムスの症状を呈した場合には、鑑別診断の一つに加えるべきである、という考察がなされています。また、この疾患が牡馬や騙馬に好発する理由としては、オス馬の骨盤腔の狭さが関与している可能性が示唆されています。
この研究では、直腸背側膿瘍の原因としては、外傷的な直腸壁の細菌汚染は稀であり(本研究中では一症例のみ)、肛門や直腸でのリンパ腺症(Anorectal lymphadenopathy)から膿瘍形成に至るという病因論が提唱されています。この理由としては、この研究で、針穿刺吸引で得られた膿瘍の内容物には、多数のリンパ球系の細胞が含まれていたことが挙げられています。なお、膿瘍内容物の培養検査では、ストレプトコッカス属菌(Streptococcus equi subspecies zooepidemicus)が主に分離されていました。
この研究では、調査対象となった全症例において、膿瘍は直腸の背側に形成されていたため、直腸内へと排膿させることで良好な治癒が達成されました。ただ、過去の文献では(Shamis. JAVMA. 1985;187:499)、直腸の腹側に膿瘍を生じるケースも報告されており、この場合、膿瘍内容物による腹腔汚染から重篤な腹膜炎を続発したり、直腸内腔へと排膿させた後に、膿瘍内に糞便が迷入してしまう可能性もあると言われています。
Photo courtesy of Equine Vet Edu. 13 July 2023. doi.org/10.1111/eve.13858.
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