馬の皮膚での新しい減張縫合法
話題 - 2023年09月02日 (土)

一般的に、馬は他の動物に比べて、競走や競技などの強運動に用いられるという特性から、皮膚の外傷を起こし易いことが知られています。一方で、馬の皮膚は、体格の割には薄く、強いテンションが掛かると裂けたり、血流が阻害され易いという特徴があります。このため、馬の外傷を外科的に縫合する際に、皮膚が広範に欠損した場合や、もともと皮膚の緊張度が強い箇所においては、糸や皮膚に掛かる緊張を緩和させるための減張縫合法が重要になってきます。
通常の外科手技では、糸の通し方を工夫することで、充分な減張措置となりますが(マットレス縫合、近遠遠近縫合、十字縫合等)、馬の薄い皮膚に対しては、更に、皮膚の外を通っている糸と皮膚のあいだに、プラスチックチューブやガーゼを詰めることで、糸穴の箇所に緊張が集中しないような方策が取られます(下から二つ目の写真)。下記の研究では、それを更に発展させて、より効率的かつ広範囲への減張作用を得られる縫合方法が試験されています。
参考文献:
Comino F, Pollock PJ, Fulton I, Hewitt-Dedman C, Handel I, Gordy DA. A novel tension relief technique to aid the primary closure of traumatic equine wounds under excessive tension. Equine Vet J. 2023 Aug 9. doi: 10.1111/evj.13987. Online ahead of print.

この研究で試みられた方法は、テンションタイルシステム(TTS: Tension tile system)(一番上の写真)と呼ばれるもので、皮膚の裂傷を水平マットレス縫合で縫い寄せますが、その際、皮膚の外を通っている糸と皮膚のあいだに、楕円形のプラスチック製タイルを入れて、糸穴の箇所だけに緊張が集中しないようにするという工夫が成されています(このタイルは縫合糸を収納しているケースを再利用する)。また、このタイルには、複数の糸が通されているため、複数のマットレス縫合部に緊張を分散させることが可能となり、更に、このタイル自体を皮膚に縫い付けてズレるのを防ぐことで、減張効果を同じ場所に作用させ続ける、という工夫もなされています。加えて、このタイルの裏面には、弾力のあるスポンジ状のシートが貼り付けられ(市販のスポンジ状バンテージ素材を必要な形状に切って貼り付ける)、タイルが当てられている部位の皮膚を、持続的な圧迫から保護する方策も取られています。
この研究では、2017〜2021年にかけて、英国、豪州、スウェーデンの四ヶ所の馬病院において、計191箇所の馬の外傷縫合にTTS法が適応されました(全外傷の22%)。そして、一次癒合が達成された外傷は69%に及んでおり、部分的離開が起きた外傷は16%で、重度の離開が生じた外傷は15%に留まっていました。このため、馬の外傷に強いテンションが掛かっているケースでは、TTS法を応用することで、有効な減張処置が施され、良好な創傷治癒が期待できることが示唆されました。

この研究で検証されたTTS法では、縫合糸を収納していたタイルに、バンテージ素材を貼り付けて再利用するという方式であるため、特殊な物品を準備する必要がなく、安価かつ簡易に実施できるというメリットがあります。また、糸と皮膚のあいだにタイルを入れる方式では、チューブやガーゼを入れる方式に比べて、幾つかの利点が得られると考えられており、具体的には、①タイルを当てている非常に広いエリアに緊張を分散できる、②複数のマットレス縫合の距離を一定に維持できる、③タイル全体がズレて創口や糸穴が広がるのを防げる、④タイル裏面に貼り付けたクッションにより皮膚圧迫による褥瘡を防げる、⑤糸穴からの雑菌侵入をより堅固に防げる、等が含まれました。
一方、TTS法のデメリットとしては、創口の両脇にタイルを当てるスペースが必要であるため、周囲の皮膚が凸凹であったり、可動域が大きな馬体の部位には、適応が難しいことが挙げられます。また、タイルによって、複数のマットレス縫合のあいだの距離が固定されるため、周囲組織が拘縮して、創口が長軸方向に縮小するのを妨げてしまう可能性も考えられます。この辺りは、より多数の症例への臨床応用を積み重ねて、TTS法を適応するのが有益となる外傷タイプを確立させたり、用いるタイルの大きさや、糸をタイルに通すときの間隔、および、タイルを外すべきタイミングの見極め方などを、より詳細に評価する必要があると言えそうです。なお、古典的には、創口の両脇に裁縫ボタンを入れて減張縫合をする方法も行なわれており(下写真)、TTS法は、その変法と言えるものかもしれません。

Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Aug 9. doi: 10.1111/evj.13987.
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