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馬の腸捻転における乳酸値の有用性

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馬の疝痛のなかでも、腸捻転などの絞扼性疾患は、迅速な開腹術による外科的整復を要するため、早期診断が重要となります。この際、虚血性病態において乳酸値が上昇することを鑑みて、これを腸捻転の診断指標として活用されることもあります。そこで、下記の研究では、米国のペンシルバニア大学の獣医病院(ニューボルトンセンター)にて、2016~2019年にかけて、入院時に乳酸値測定(血液と腹水)が行なわれた197頭の症例を、腸捻転(腸絞扼を含む)と他の疾患とに分けて検査結果を解析して、ロジスティック回帰分析でオッズ比(OR)を算出することで、各検査値による腸捻転の鑑別能が評価されました。

参考文献:
Long AE, Southwood LL, Morris TB, Brandly JE, Stefanovski D. Use of multiple admission variables better predicts intestinal strangulation in horses with colic than peritoneal or the ratio of peritoneal:blood l-lactate concentration. Equine Vet J. 2023 Aug 4. doi: 10.1111/evj.13977. Online ahead of print.

結果としては、血液中の乳酸値は、腸捻転の馬(2.3 mmol/L)のほうが、他疾患の馬(1.5 mmol/L)よりも僅かに高かったものの、症例間のバラつきも大きかったため、両群を鑑別する有用な診断指標にはなっていなかったことが分かりました。つまり、血液中の乳酸値のみで、腸捻転を鑑別診断するのは適切でないというデータが示されたことになります。この理由としては、入院したタイミングでの測定では、乳酸値の上昇がまだ起こっていない初期ステージの症例もいたこと、および、腸捻転以外の疾患であっても、筋肉活動(前掻きや輸送など)で血液中の乳酸値が上がってしまった症例もいたこと、などが挙げられました。

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この研究では、腹水中の乳酸値から、血液中の乳酸値を引き算した数値を出したところ、腸捻転の馬(2.9 mmol/L)のほうが、他疾患の馬(0.8 mmol/L)よりも顕著に高いことが分かりました。この結果、腹水と血液の乳酸値の差が1mmol/L増すごとに、腸捻転である確率が八割近くも増す(OR=1.77)ことが示されました。つまり、腹水と血液の乳酸値の差が2.9 mmol/Lであった馬では、その差が無かった馬に比べて、腸捻転である危険性が五倍以上も高くなる(1.77の2.9乗は5.24)ことが分かります。このため、腹水と血液の両方の乳酸値を測って、その差を計算したほうが、腸捻転の診断指標として優れているというデータが示されました。特に、重度の脱水による循環不全を起こしていた馬では、消化管組織で増加した乳酸が、腹水中には漏出していても、血液中には十分に移行していなかった可能性が考えられ、腹水中の乳酸値を測定することが、腸捻転の早期診断を下すのに有用であると考察されています。

この研究では、腹水が漿液血液性の色を呈していた症例では、腸捻転の馬(87%)のほうが、他疾患の馬(13%)よりも顕著に多くなっており、この結果、漿液血液性の腹水を認めた場合には、そうでない場合に比べて、腸捻転である確率が30倍以上も高くなる(OR=35.34)ことが示されました。このため、腹水の色調の変化は、腸捻転の診断指標としてかなり有用であるという考察が成されています。また、漿液血液性の腹水は、小腸に起こっている絞扼性病態を鑑別するにも有益な指標になることも示されています(OR=4.99)。これらのデータは、消化管のすぐ傍にある体液である腹水を採取および評価することで、腸捻転等の重篤な病態を鑑別するのに役立った症例が多かった、という事象を反映したものであると言えそうです。

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この研究では、疝痛馬の臨床徴候として、重篤な腹痛症状を示していた症例では、腸捻転の馬(73%)のほうが、他疾患の馬(27%)よりも明瞭に多くなっており、この結果、重篤な腹痛症状を認めたケースには、そうでないケースに比べて、腸捻転である確率が五倍以上も高くなる(OR=5.31)ことが示されました。このため、馬の疼痛行動の度合いや、鎮痛剤の効きにくさが、開腹術の重要な判断基準になるという従来の知見に合致するデータが示されたと言えそうです。なお、入院時点での疝痛症状の経過時間を見ると、腸捻転の馬(平均6時間)のほうが、他疾患の馬(平均12時間)よりも短くなっており、重篤な疼痛症状のために、二次病院へ搬送するタイミングが早くなったことが伺えます。

この研究では、疝痛馬の検査所見の中でも、心拍数や呼吸数、血液検査でのPCV値や蛋白濃度などは、腸捻転と他疾患の馬で有意差が無かったことが報告されており、腸捻転の鑑別指標としての有用性が低いことが示唆されています。ただ、今回の研究は、二次診療での入院時の検査所見のみが解析されていることから、その時点で、一次診療で実施された補液やバナミン投与等が効いていた場合には、たとえ重篤な消化器疾患であっても、検査所見に表れにくかった可能性もあると言えそうです。一方、腹水中の蛋白濃度は、腸捻転の馬(3.0 g/dL)のほうが、他疾患の馬(2.5 g/dL)よりも僅かに高くなっていました(腹水中の有核細胞数には有意差無し)。

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