馬での鼻道壁補強テープによる体温調節
話題 - 2023年09月09日 (土)

一般的に、競走馬に発症する上部気道の閉塞性疾患では、咽喉頭の陰圧が上昇するため、鼻孔が小さかったり鼻道の天井部分の軟部組織が虚弱な個体では、鼻道壁の虚脱を起こしてしまい、通気を妨げるというリスクがあります。このため、近年では、鼻孔の上部の背側部にテープを貼り付けて、鼻道壁を補強することで、通気機能を維持する方法が試みられることもあります。ただ、その効能には、相反する多様なデータがあり、不確定な要素も多いのが実状です。
このため、下記の研究では、鼻道壁の補強テープ(External Equine Nasal Strip)による体温調節機能への効能が評価されました。この研究では、八頭の健常馬を用いて、最大超過運動を課した状態での中心体温と皮膚体温を測定し、鼻道壁補強テープの有無による違いが検証されました。
参考文献:
Buchalski FM, Rankins EM, Malinowski K, McKeever KH. The Effects of an External Equine Nasal Strip on Thermoregulation During Exercise. J Equine Vet Sci. 2022 Dec;119:104141.

結果としては、中心体温と皮膚体温のいずれにおいても、鼻道壁の補強テープを装着した状態と、装着していない状態で、体温の有意差は無いことが分かりました(運動中にも運動後にも)。また、中心体温が40℃に到達するまでの時間を見ても、鼻道壁補強テープを装着した状態(平均11.8分間)と、装着していない状態(平均11.5分間)で有意差が無かったことが報告されています。
このため、競走馬に対する鼻道壁の補強テープの装着は、換気による体温調節機能の向上は期待できないことが示唆されました。基本的に、呼吸器は上部と下部の気道組織が一体となって働いており、換気障害の発生には、軟口蓋や咽頭壁の安定性、喉頭軟骨ユニットの開閉機能、下部気道の拡張度合い、肺胞脈管組織の強靱性など、様々な要因が関与しています。そう考えると、鼻孔や鼻道壁へ外部から介入するだけで改善するようなケースは、多様な呼吸器病態の中でも、それほど多くは無いのかもしれません。

過去の文献では、鼻道壁の補強テープを用いても、低酸素血症や高二酸化炭素血症を防ぐ効能は認められず、運動誘発性肺出血(EIPH)を予防する効果も無いという知見があります。一方で(Goetz et al. J Appl Physiol. 2001;90:2378)、他の文献では、鼻道壁の補強テープの装着により、最大超過運動での代謝要求を下げることで、利尿剤投与(フロセミド)によるEIPH予防作用を向上できる、という報告もあります(Geor et al. Equine Vet J. 2001;33:577)。
一般的に、鼻道壁の補強テープの装着では、たとえメリットは限定的でも、副作用は殆どないと考えられます。また、EIPH等の疾患を予防する医療的な効果が不明瞭でも、競走パフォーマンスに影響するような、突発的な呼吸困難を未然に防ぐという利点はある、という経験則もあります。ただ、鼻先付近に貼ったテープがレース中に剥がれて、それを誤って鼻孔から吸引してしまうという危険性はゼロだとは言えません。更に、馬によっては、鼻道壁の補強テープを貼り付けることで、鼻孔や鼻道壁の最大拡張時には、テープの伸縮性の無さが災いして、逆に、最大内径が制限されてしまう可能性もあるかもしれません。
Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
参考動画:60-Second Tutorial: How to Apply and Remove FLAIR® Strips
関連記事:
・内視鏡誘導による馬の鼻中隔の切除術
・馬の円鋸術における立位CTの有用性
・馬の息労では口蓋病が続発する?
・馬のタイバック手術での二重ループ法
・馬の喉頭片麻痺での外科的治療法の比較
・馬の喉頭片麻痺に対する披裂角切除術
・馬の声帯切除術による経喉頭抵抗の緩和
・馬の舌縛りと気道内径の関連性
・ハンター競走馬の鼻出血の危険因子
・乗馬のDDSPはクスリで治せる
・レース中の馬の内視鏡検査