COX-2限定阻害薬によって大腸炎が起こる?
話題 - 2023年09月11日 (月)

これまで、馬の軟部組織の痛みには、フルニキニンメグルミン(バナミン®)が投与されることが多かったですが、近年では、副作用の少ない新しいタイプの薬剤が応用されてきています。
一般的に、馬の抗炎症・鎮痛剤としては、COX-1およびCOX-2の両方の炎症介在物質を阻害する薬剤(フルニキニンメグルミン等)が使用されてきましたが、COX-1は胃腸粘膜の新陳代謝にも関わっているため、これを阻害することで、胃潰瘍や大腸炎などの副作用が起こることがあります。このため、安全性の面では、COX-2だけを限定的に阻害する薬剤のほうが好ましいと言えますが、その反面、抗炎症や鎮痛の効果は劣るのではないかと考えられてきました。
ここでは、COX-2限定阻害薬であるフィロコキシブと、フルニキシンメグルミンの投与における、大腸炎の発症リスクを比較した知見を紹介します。この研究では、12頭の健常馬を用いて、フィロコキシブと胃酸抑制剤(オメプラゾール)を同時投与した場合と(計四日間)、フルニキシンメグルミンと胃酸抑制剤を同時投与した場合において(計五日間)、腹部エコー検査を用いた結腸組織の画像診断が行なわれました。
参考文献:
Bishop RC, Wilkins PA, Kemper AM, Stewart RM, McCoy AM. Effect of Firocoxib and Flunixin Meglumine on Large Colon Mural Thickness of Healthy Horses. J Equine Vet Sci. 2023 Jul;126:104562.

結果としては、腹部エコー画像上での計測では、フィロコキシブの投与によって、結腸壁の厚みが増加する(中央値:5.8mm)ことが分かりましたが、フルニキシンメグルミンの投与では、結腸壁の厚みには変化がない(中央値:3.0mm)というデータが示され、前者のほうが統計的にも有意に高値となっていました。また、フィロコキシブ投与によって結腸壁の浮腫を生じていた馬の割合は92%に及んだ(11/12頭)のに対して、フルニキシンメグルミン投与では、その割合は8%に留まっていました(1/12頭)。
一般的に、結腸壁の厚みの増加は、大腸炎の徴候の一つであると言われており、特に、フェニルブタゾンが長期的投与された馬において発症が多い(=右背側結腸炎)ことが知られています(ナビキュラー症候群による慢性跛行の治療等)。しかし、今回の研究では、COX-2限定阻害薬でも、投与された馬の大部分において大腸炎が発症することが示唆されました。ただ、今回の研究においては、血液検査も同時に実施されましたが、いずれの薬剤の投与後にも、有意に変化した検査項目は無かったことが報告されています。

この研究では、大腸炎の徴候を引き起こす割合は、非特異的COX阻害薬であるフルニキシンメグルミンよりも、COX-2限定阻害薬であるフィロコキシブのほうが高いことが示され、これは、後者のほうが副作用が少ないという従来の定説と相反する知見であると言えます。また、一般的に、COX阻害剤の副作用のうち、腸壁肥厚を伴うような大腸炎は、長期的な投与で起こり得る病態であると認識されています。しかし、今回の研究では、四日間という短期間投与でそれが生じており、もし本当であれば、馬の獣医療におけるCOX阻害剤の投薬方針を根本から見直すべきとも言えます。ただ、そのような重大な警鐘を鳴らす研究結果であるにも関わらず、J Equine Vet Sciという、ややマイナーな獣医学雑誌に掲載されていることを鑑みると、査読の過程で、研究データを裏付ける科学的エビデンスが不十分であると判断された可能性もあるのかもしれません。
この研究には幾つかの限界点があり、それには、エコー画像のみで結腸壁の厚みを測るのは信頼性が低いこと(結腸壁を斜めに断層するように描出されたり、両治療群でエコー画像で評価している結腸の部位が異なることがあるため)、全頭に対してフルニキシンメグルミンが先に投与されていたこと(投与薬が無作為割り当てされていない)、および、結腸壁の肥厚していた箇所が、本当に炎症病態を生じていたか否かを組織学的に評価していない、などが挙げられました。このため、今後の研究では、大腸炎を起こす相対的リスクに関して、結腸壁の組織学的検査を介して、COX-2限定阻害剤の副作用の有無や度合いを精査する必要があると言えそうです。また、投与期間を五日以上に伸ばした際に、腸壁肥厚の徴候が更に進行するのか、という点も評価すべきと言えそうです。

Photo courtesy of J Equine Vet Sci. 2023 Jul;126:104562.
Photo courtesy of Equine Vet Edu. 2021;4:198.
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