fc2ブログ
RSS

大麻の成分で馬のサク癖を治せる?

20230805_Blog_Topic249_UseCannabidiolNvThrCribBiting_Pict1.gif

サク癖は、馬用語で「グイッポ」とも呼ばれ、固定された物体を前歯で咥えて、それを支点にして頭頚部を屈曲させながら空気を飲み込むような動作を指します。古典的には、馬が覚える悪癖だと片付けられてきましたが、近年の研究では、人間の精神医学でいう強迫性障害(Obsessive-compulsive disorder)によく似た「心の病気」であることが分かってきています。ここでは、大麻の成分を投与することで、馬のサク癖の治療を試みた症例報告を紹介します。

参考文献:
Cunha RZ, Felisardo LL, Salamanca G, Marchioni GG, Neto OI, Chiocchetti R. The use of cannabidiol as a novel treatment for oral stereotypic behaviour (crib-biting) in a horse. Vet Anim Sci. 2023 Feb 7;19:100289.

この研究では、慢性のサク癖を呈していた一頭の高齢馬(クォーターホース、22歳、牝馬)に対して、大麻の成分であるカンナビジオール(Cannabidiol)が投与されました。このカンナビジオールという成分は、抗不安作用、抗うつ作用、抗痙攣作用、抗炎症作用などがあることが知られており、精神と身体の両方の恒常性を整える薬剤として、ヒトの医療や健康分野への活用が始まっています。カンナビジオールは安全な薬品で、同じ大麻成分であるTHCと異なり、幻覚・酩酊・多幸感などの麻薬作用は無いため、合法的に取り扱うことが出来ます。

20230805_Blog_Topic249_UseCannabidiolNvThrCribBiting_Pict2.jpg

この症例馬は、治療前には一日当たり15時間もサク癖をしていましたが、このサク癖に費やす時間が、カンナビジオールの投与開始から一週間目には2時間に、四週間目には0.5時間にまで減少していました。また、治療前の体重は400kgでしたが(下写真の上側)、カンナビジオールの投与開始から四週間目には、その体重が452kgまで増加したことも報告されています(下写真の下側)。そして、カンナビジオール投与によっても、身体検査や血液検査の所見には異常は認められなかったことが分かりました。このため、カンナビジオール投与によって馬のサク癖行動を抑制できることが示唆され、明瞭な副作用も検知されなかったことが報告されています。

近年、獣医学領域においても、馬に対するカンナビジオール投与の研究が進んでおり、薬物動態に関する知見も示されています(Eichler et al. Front Vet Sci. 2023;10:1234551)。しかし、馬の精神面および身体面に対する、カンナビジオールの効能や副作用については、まだ十分に解明されていないのが実状であり、今後は、実際の臨床症例の治療に用いる前に、更なる科学的エビデンスの蓄積が必要であると言えそうです。今回の症例馬も、カンナビジオールの投与開始から四週間目に、球節部の骨折を発症して、その後に安楽殺となったことが報告されており、これが偶発的な事故なのかは、今後の検証を要すると言えそうです。

20230805_Blog_Topic249_UseCannabidiolNvThrCribBiting_Pict3.jpg

一般的に、馬のサク癖を減少させるには、飼養管理の改善が重要であることが提唱されており、乾草などの粗飼料を十分に与え、牧草地への放牧回数を増やしたり、多頭数で放牧して、他の馬と交流する機会を設ける、などの方策が挙げられています。そして、サク癖をしている馬を見たら、それを悪癖だと片付けるのではなく、ストレスによる心の病の徴候だと考えて、給餌方針を改善したり、広い放牧地に解き放ってあげることが、本来の意味での“治療”と言えるのかもしれません。

Photo courtesy of Vet Anim Sci. 2023 Feb 7;19:100289.

関連記事:
・山羊を同居させると馬のサク癖が減る?
・サク癖する馬は疝痛になり易い?
・馬はサク癖を見て真似をする?
・馬のサク癖では空気を飲んでいない?
・馬のサク癖と疝痛は関係している?
・馬のサク癖は管理法の改善で減少できる!
関連記事
このエントリーのタグ: 薬物療法 行動学 神経器病

プロフィール

Rowdy Pony

Author:Rowdy Pony
名前: 石原章和
性別: 男性
年齢: アラフィフ
住所: 北関東
職業: 獣医師・獣医学博士
叩けよ、さらば開かれん!

質問、御意見、記事の要望等は下記まで
E-mail: rowdyponies@gmail.com

最新記事

ブログメニュー

馬の話題カテゴリー

馬の病気の話題
・蹄葉炎, 切腱術
・ナビキュラー症候群
・蹄病一般, 装蹄
・腱靭帯疾患
・背部/腰部/仙腸部疾患
・プアパフォーマンス
・消化器疾患一般
・胃潰瘍
・虚血再灌流障害
・呼吸器の医療
・神経疾患, 神経学検査
・クッシング病
・繁殖疾患と繁殖学
・皮膚病の医療
・眼科疾患, 眼科治療
・歯科疾患, 歯科治療
・寄生虫病
・高齢馬の医療
・子馬の病気や管理法
・子馬/若齢馬の長期的影響
・突然死
・症例シリーズ

馬の医療の話題
・疝痛の検査
・経鼻チューブ
・腹水検査
・疝痛の予防
・疝痛の手術判断と予後予測
・開腹術の手技や合併症
・疝痛の外科的処置
・疝痛の獣医療での地域差
・跛行検査, 画像診断
・関節鏡
・去勢, 泌尿生殖器
・抗生物質
・局所肢灌流
・COX-2限定阻害薬
・破骨細胞抑制剤
・ショックウェーブ
・パーグ治療
・馬のハンドリング, 投薬
・バイオマーカー
・麻酔
・整形外科
・キャスト, ピンキャスト
・再生医療
・先端医療
・良い死(Euthanasia)
・馬の獣医療一般

馬の一般的話題
・馬の飼養管理一般
・飼養管理での病気/怪我の予防
・馬学一般
・ウマ社会の話題
・獣医学一般, 日常
・馬の飼料
・跛行と運動
・調馬索
・サク癖
・馬の行動学や悪癖
・ハミや馬具
・輸送
・怪我や事故の予防,対処法
・ホースマンの怪我と事故
・競馬での事故死や骨折
・馬とヒト, 伝染病, 馬動物学

馬の診療シリーズ

サイト内タグ一覧

FC2カウンター

リンク

カレンダー

03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

推薦図書

月別アーカイブ

お断わり

20130414_Blog_Message_Pict1.jpg
このサイトに掲載されているイラスト、画像、文章は、すべて管理主自身が作成したもの、もしくは、著作権フリーの素材リンクから転載したものです。

カテゴリ

全記事表示リンク

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
21位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
自然科学
2位
アクセスランキングを見る>>

FC2ブログランキング

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

QRコード

QR