大麻の成分で馬のサク癖を治せる?
話題 - 2023年09月13日 (水)

サク癖は、馬用語で「グイッポ」とも呼ばれ、固定された物体を前歯で咥えて、それを支点にして頭頚部を屈曲させながら空気を飲み込むような動作を指します。古典的には、馬が覚える悪癖だと片付けられてきましたが、近年の研究では、人間の精神医学でいう強迫性障害(Obsessive-compulsive disorder)によく似た「心の病気」であることが分かってきています。ここでは、大麻の成分を投与することで、馬のサク癖の治療を試みた症例報告を紹介します。
参考文献:
Cunha RZ, Felisardo LL, Salamanca G, Marchioni GG, Neto OI, Chiocchetti R. The use of cannabidiol as a novel treatment for oral stereotypic behaviour (crib-biting) in a horse. Vet Anim Sci. 2023 Feb 7;19:100289.
この研究では、慢性のサク癖を呈していた一頭の高齢馬(クォーターホース、22歳、牝馬)に対して、大麻の成分であるカンナビジオール(Cannabidiol)が投与されました。このカンナビジオールという成分は、抗不安作用、抗うつ作用、抗痙攣作用、抗炎症作用などがあることが知られており、精神と身体の両方の恒常性を整える薬剤として、ヒトの医療や健康分野への活用が始まっています。カンナビジオールは安全な薬品で、同じ大麻成分であるTHCと異なり、幻覚・酩酊・多幸感などの麻薬作用は無いため、合法的に取り扱うことが出来ます。

この症例馬は、治療前には一日当たり15時間もサク癖をしていましたが、このサク癖に費やす時間が、カンナビジオールの投与開始から一週間目には2時間に、四週間目には0.5時間にまで減少していました。また、治療前の体重は400kgでしたが(下写真の上側)、カンナビジオールの投与開始から四週間目には、その体重が452kgまで増加したことも報告されています(下写真の下側)。そして、カンナビジオール投与によっても、身体検査や血液検査の所見には異常は認められなかったことが分かりました。このため、カンナビジオール投与によって馬のサク癖行動を抑制できることが示唆され、明瞭な副作用も検知されなかったことが報告されています。
近年、獣医学領域においても、馬に対するカンナビジオール投与の研究が進んでおり、薬物動態に関する知見も示されています(Eichler et al. Front Vet Sci. 2023;10:1234551)。しかし、馬の精神面および身体面に対する、カンナビジオールの効能や副作用については、まだ十分に解明されていないのが実状であり、今後は、実際の臨床症例の治療に用いる前に、更なる科学的エビデンスの蓄積が必要であると言えそうです。今回の症例馬も、カンナビジオールの投与開始から四週間目に、球節部の骨折を発症して、その後に安楽殺となったことが報告されており、これが偶発的な事故なのかは、今後の検証を要すると言えそうです。

一般的に、馬のサク癖を減少させるには、飼養管理の改善が重要であることが提唱されており、乾草などの粗飼料を十分に与え、牧草地への放牧回数を増やしたり、多頭数で放牧して、他の馬と交流する機会を設ける、などの方策が挙げられています。そして、サク癖をしている馬を見たら、それを悪癖だと片付けるのではなく、ストレスによる心の病の徴候だと考えて、給餌方針を改善したり、広い放牧地に解き放ってあげることが、本来の意味での“治療”と言えるのかもしれません。
Photo courtesy of Vet Anim Sci. 2023 Feb 7;19:100289.
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