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競走馬の脚部繋靭帯炎に対する幹細胞治療

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一般的に、靭帯は治癒スピードの遅い組織であることが知られており、馬に発症する繋靭帯炎においても、骨折や屈腱炎よりも長期間の休養を要することが多いと言えます。一方、近年の獣医学では、運動器疾患に対する再生医療の臨床応用が進んでおり、間葉系幹細胞(Mesenchymal stem cells)の局所投与を介して、組織の再生過程を促進する療法が試みられています。

そこで、下記の研究では、米国の三箇所の馬病院において、2010〜2019年にかけて、脚部繋靭帯炎(Suspensory ligament branch desmitis)の治療のために、間葉系幹細胞の病巣内注射療法が実施された69頭のサラブレッド競走馬における、医療記録の回顧的解析が行なわれました。この研究では、初診時に、臍帯血由来の他家間葉系幹細胞(2千万個)が一回注射され、その後、2〜6週間の間隔で、骨髄由来の自家間葉系幹細胞(2千万個)が3〜4回注射されました。

参考文献:
Hansen SH, Bramlage LR, Moore GE. Racing performance of Thoroughbred racehorses with suspensory ligament branch desmitis treated with mesenchymal stem cells (2010-2019). Equine Vet J. 2023 Aug 3. doi: 10.1111/evj.13980. Online ahead of print.



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結果としては、脚部繋靭帯炎の罹患馬のうち、幹細胞治療の後にレース出走を果たした馬は71%(49/69頭)に及んでいました。また、発症前に未出走であった馬では、治療後の出走率は63%(31/49頭)に留まったのに対して、発症前に既にデビューしていた馬では、治療後の出走率は90%(18/20頭)に達していました。そして、後者の馬群において、発症前と治療後のレース成績を比較したところ、出走数、獲得賞金、一レースごとの獲得賞金のいずれも有意差が無かったことが分かりました。

このため、競走馬の脚部繋靭帯炎においては、幹細胞治療によって、発症前と同程度の競走能力まで回復できると考えられ、比較的に良好な予後が期待されることが示唆されました。なお、治療後の平均競走年数は、三年弱(29.5ヶ月)となっていました。また、治療後の出走率は、牝馬(52%)のほうが、牡馬や騸馬(79%)よりも有意に低くなっており、これは、繁殖牝馬として転用の選択肢があるメス馬では、繋靭帯炎の病歴を鑑みて、レース復帰を断念する症例が多かったためと推測されています。



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一般的に、馬の軟部組織損傷に対する幹細胞治療では、腱/靭帯線維の再生を促進することで、治癒のスピードとクォリティを向上できると考えられています。過去の文献では、多数頭の症例群へ臨床応用した報告は少なく、幹細胞治療が、馬の腱炎や靭帯炎の治癒に有益であるか否かは、相反する知見があり、不明瞭な点が多いのが実状であると言えます。たとえば、ハンター競走馬の浅屈腱炎に対する幹細胞治療においては、浅屈腱の治癒の質が良化すること[1]、および、浅屈腱炎の再発率が下がること[2]が報告されています。一方、サラブレッド競走馬の浅屈腱炎では、浅屈腱炎の再発率を下げる効能は無いという知見もあります[2]。なお、少数頭の症例への幹細胞治療では、より良好な治療成績が報告されています[3-5]。

この研究の限界点としては、幹細胞治療を実施する馬が無作為割り当てされていないこと、偽薬や無治療の対照群が設定されていないこと、および、治療効果の指標が出走数や獲得賞金など、馬主や調教師によるバイアスが働くような項目に限られていること、等が挙げられています。これらは、症例馬を用いた臨床研究では止むを得ないことではありますが、幹細胞治療が効きそうな症例が選別された結果、治療効果が過剰評価された可能性は否定できないと考えられました。



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この研究では、繋靭帯炎の重篤さをエコーで点数化しており、グレード1→4における治療後の出走率を見ると、順に、44%→79%→72%→80%となっており、グレード間での有意差は認められませんでした。また、繋靭帯炎に種子骨炎を併発していた場合、他の病態を併発していた場合、および、幹細胞注射の前に、外科的な靭帯分割術が行なわれた場合などでも、幹細胞治療後の出走率には有意差が無かったことが報告されていました。つまり、たとえ重篤な損傷を伴った繋靭帯炎であっても、幹細胞注射によって比較的に良好な治療効果が期待できると考えられました(上写真では、左→右の順で、グレード1→4)。

この研究では、繋靭帯炎の発症部位を比較したところ、前肢と後肢の違い、および、外側と内側の繋靭帯脚の違いによっても、幹細胞注射後の出走率には有意差が認められませんでした。ただ、内側脚に起こった繋靭帯炎に限ってみると、治療後の出走率が、前肢(86%)よりも後肢(53%)のほうが顕著に低いという傾向にありました(有意性は境界域[p=0.06])。この理由は、論文の考察内では結論付けられていませんでしたが、後肢の繋靭帯内側脚に掛かる緊張度の高さが、難治性および幹細胞注射への不応性の一因となり、治療成績の低さに繋がった可能性もあると言えそうです。

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Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Aug 3. doi: 10.1111/evj.13980.

関連文献:
[1] Smith RK, Werling NJ, Dakin SG, Alam R, Goodship AE, Dudhia J. Beneficial effects of autologous bone marrow-derived mesenchymal stem cells in naturally occurring tendinopathy. PLoS One. 2013 Sep 25;8(9):e75697.
[2] Godwin EE, Young NJ, Dudhia J, Beamish IC, Smith RK. Implantation of bone marrow-derived mesenchymal stem cells demonstrates improved outcome in horses with overstrain injury of the superficial digital flexor tendon. Equine Vet J. 2012 Jan;44(1):25-32.
[3] Van Loon VJ, Scheffer CJ, Genn HJ, Hoogendoorn AC, Greve JW. Clinical follow-up of horses treated with allogeneic equine mesenchymal stem cells derived from umbilical cord blood for different tendon and ligament disorders. Vet Q. 2014;34(2):92-7.
[4] Vandenberghe A, Broeckx SY, Beerts C, Seys B, Zimmerman M, Verweire I, Suls M, Spaas JH. Tenogenically Induced Allogeneic Mesenchymal Stem Cells for the Treatment of Proximal Suspensory Ligament Desmitis in a Horse. Front Vet Sci. 2015 Oct 22;2:49.
[5] Beerts C, Suls M, Broeckx SY, Seys B, Vandenberghe A, Declercq J, Duchateau L, Vidal MA, Spaas JH. Tenogenically Induced Allogeneic Peripheral Blood Mesenchymal Stem Cells in Allogeneic Platelet-Rich Plasma: 2-Year Follow-up after Tendon or Ligament Treatment in Horses. Front Vet Sci. 2017 Sep 26;4:158.

関連記事:
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このエントリーのタグ: 先端医療 腱靭帯疾患 競馬

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