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馬の開腹術の縫合での糸とステープルの違い

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馬は、他の動物と異なり、開腹術の術創における合併症を起こし易いことが知られており、その発生率は四割以上に上ることが報告されています。そこで、下記の研究では、エルサレム大学の獣医病院にて、2012〜2014年にかけて、開腹術が適応された123頭の疝痛馬に対して、ナイロン製の縫合糸(No.0、連続かがり縫合)または金属製のステープル(6.5x4.7mm)を用いた皮膚縫合が実施され、医療記録の解析が行なわれました。

参考文献:
Haion O, Tatz AJ, Dahan R, Harel S, Sutton GA, Kelmer G. Incisional complications after skin closure with stainless-steel skin staples compared to nylon sutures in horses undergoing colic surgery. Equine Vet Edu. 29 August 2023. doi.org/10.1111/eve.13869. Early View.

結果としては、長期的な経過追跡ができた馬のうち、開腹術の術創からの滲出液が認められたのは43%でしたが、このうち、縫合糸で縫合した馬では46%で、ステープルで縫合した馬では40%で、有意差は無かったことが分かりました。このため、馬の開腹術での皮膚縫合では、糸とステープルで同程度な術創保護が達成できると結論づけられています。ただ、縫合糸で縫ったほうが、合併症を6ポイント減らせるのであれば(約17頭に一頭)、ステープルよりも糸を選ぶ十分な理由になる、という解釈も成り立つのかもしれません。なお、この研究では、糸とステープルで、縫合に要した時間の違いは報告されていませんでした。また、術創の合併症の発生と、その後の術創ヘルニアの発症とのあいだには、有意な相関は無かったことも報告されています。

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この研究では、妊娠牝馬の開腹術において、術創の合併症が起こり易いことが示されています。具体的には、化膿性の滲出液を生じた割合は、妊娠牝馬(80%)のほうが、その他の馬(18%)よりも顕著に高くなっており、また、術創の離開に至ってしまった割合も、妊娠牝馬(40%)のほうが、その他の馬(1.7%)よりも明らかに高いことが分かりました。ただ、この研究は、前向き研究であったため、白帯や皮下織の縫合方法、および、術後管理法は統一されていました。このため、妊娠牝馬の開腹術では、皮膚の縫い方以外にも、白帯を厳重に減張縫合したり、ステントバンテージを併用したり、術後に腹部バンドを装着させることで、術創の合併症を抑えられた可能性もあると推測されています。

この研究では、術創合併症と原因疾患のあいだに相関が見られ、大腸の疾患が起こっていた場合には、術創合併症が発生する確率が八倍近く高くなるというデータが示されました。これは、大腸疾患では、骨盤曲切開術や、結腸亜全切除・吻合術など、重度の腹腔汚染を生じるケースが多かったためと考察されています。一方で、他の文献では、小腸の切除・吻合術において、術創合併症が有意に多くなったという報告や(Mair et al. EVJ. 2005;37:303)、結腸切開や腸結石摘出において術創感染のリスクが有意に高いという知見がある反面(Darnaud et al. Vet J. 2016;217.3, & Crosa et al. Can Vet J. 2020;61:1085)、病変や術式の種類は、術創合併症のリスクとは相関しないというデータも示されています(Wilson et al. Vet Surg. 1995;24:506)。ただ、消化管の切開や切除を要しない症例では、手術時間も短くなり、術後の全身状態も悪化しにくいため、結果的に、腹腔汚染に対する馬自身の抵抗力も維持され、目に見えるような術創感染に至らなかった、というケースもあると推測されます。

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過去の文献では、馬の開腹術での皮膚縫合において、縫合糸よりもステープルのほうが、術創合併症のリスクが四倍近く高いという報告がある一方で(Torfs et al. Vet Surg. 2010;39:616)、縫合糸とステープルで、術創合併症の発生率に有意差は無いという知見も示されています(Lopez et al. Vet Surg. 2021;50:185)。ただ、今回は回顧的解析では無いため、縫合糸とステープルによる皮膚縫合を、無作為に割り当てたのが特徴であり、ある意味、馬主の理解のもとでこそ実施できた貴重な知見だとも言えます。その結果として、ステープルを用いて縫うことで、合併症の発生率が僅かでも上がってしまう(40%→46%)というデータが示された事は、縫合糸で縫うほうが有益である症例が一定数いることを示唆しているとも言えそうです。

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