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馬の開腹術の縫合における非侵襲性の閉創装置

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馬は、他の動物と異なり、開腹術の術創における合併症を起こし易いことが知られており、その発生率は四割に上ることが報告されています。そこで、下記の研究では、ジップ皮膚閉鎖システム(ZSCS: Zip skin closure system)という新しい閉創デバイスの有用性が、八頭の実験馬に作成した開腹術の模倣術創を用いて試験されました。

参考文献:
Klein CE, Engiles JB, Roessner HA, Hopster K, Hurcombe SD. Comparison of the zip skin closure system with conventional suture for skin closure of ventral midline incisions in horses. Am J Vet Res. 2022 Feb 2;83(5):455-464.

このZSCSという装置は、ヒト医療にて応用されているもので、切開創の両側の皮膚に粘着テープを貼り付け、そのあいだをプラスチック製のバンドで繋いで、切開創を引き寄せるという構造となっています。このため、縫合糸やステープルと異なり、皮膚を穿刺するものが無く、非侵襲的な皮膚閉鎖が可能となることから、痛みが無く、皮下織への細菌侵入を抑えられるというメリットがあります。また、他の利点としては、足場構造によりバンドが皮膚面から持ち上げられているため、切開創の部分の皮膚に圧迫が掛からないこと、デバイス全体が柔軟性に富むため、術後に創部の可動域を向上できること、および、バンドの長さは可変式であるため、切開創の腫れや拘縮などに応じて、皮膚同士を引き寄せる力を調整できること、等が挙げられています。

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結果としては、ZSCS装置による皮膚閉鎖は、縫合糸で縫うよりも有意に短時間で実施でき、二週間後における切開創の外観スコアも、ZSCS装置のほうが有意に優れていたことが分かりました。ただ、切開部の皮膚の組織学的検査では、ZSCS装置での皮膚閉鎖において、縫合糸で縫った場合に認められた皮膚深部の炎症像は無かったものの、皮膚治癒スコア自体には、ZSCSと縫合糸のあいだで有意差は無かったことが報告されています。

このため、馬の開腹術での皮膚閉鎖においては、ZSCS装置が代替手段の一つになる可能性があるという結論が成されています。この研究では、実験的で清潔な創傷であったことや、頭数の少なさもあって、術創の細菌感染を続発した馬はいませんでした。しかし、ZSCS装置では、皮膚を穿刺させるものが無いこと、および、術創の辺縁の皮膚に圧迫が掛からないこと(血流減少が起きない)により、理論的には、細菌感染のリスクを減退できると考察されています。

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この研究では、実際の臨床症例での開腹術に合わせて、皮膚の閉鎖後には、創部の周囲にステントバンテージを縫い付ける処置が施されており、これにより、ZSCS装置の創傷保護作用が増強されてしまった可能性があると指摘されています。また、ZSCS装置での欠点としては、価格が縫合糸の五倍ほど掛かること、テンションが強い皮膚縫合時(繁殖牝馬の開腹術など)では、皮膚同士を引き寄せる力が不足すると推測されること、ヒトよりも体毛が伸びやすく、皮脂の多い馬の皮膚では、粘着テープの接着力が低下して、閉創部が弛緩してしまうリスクがあること、等が考えられます。

ただ、非侵襲性に皮膚閉鎖できるZSCS装置は、糸で縫うときのような痛みが無いため、むしろ、四肢の外傷など、マイナーな傷口を閉鎖するときに有用なのかもしれません(特に、暴れやすい若齢馬の後肢外傷において)。また、創部辺縁の皮膚を圧迫せず、柔軟性に富むデバイスの性状は、子馬の薄い皮膚に対しては、特に有益となる可能性もあると推測されます。



Photo courtesy of Am J Vet Res. 2022 Feb 2;83(5):455-464.

関連記事:
・双方向の有棘縫合糸による馬の開腹術の縫合
・馬の開腹術の縫合におけるセルフロック結び
・馬の開腹術の縫合での糸とステープルの違い
・馬の開腹術での抗生物質投与の傾向
・肥満の馬での術創感染のリスク
・馬の開腹術の術創感染はナゼ起こるのか?
・馬の開腹術にはハチミツで感染予防
・馬の開腹術の後はいつまで絶食?

参考動画:Zip skin closure - Stryker
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