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双方向の有棘縫合糸による馬の開腹術の縫合

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馬は、他の動物と異なり、開腹術の術創における合併症を起こし易いことが知られており、その発生率は四割に上ることが報告されています。そこで、下記の研究では、縫合糸の緩みによる術創裂開を抑える手法を検証するため、24頭の馬の屠体に正中切開術(25cm長)を施して、それを、双方向の有棘縫合糸(Bidirectional barbed suture)、または、通常の吸収糸で閉鎖した後(単純連続縫合、糸の太さはUSP2/EP5)、腹腔内部に入れた風船を膨らませることで、各縫合糸での破裂強度の測定、および、破損形態の評価が実施されました。

参考文献:
Bellitto NA, Oliver FB, Pollock PJ. Comparison of incisional bursting strength of a bidirectional absorbable knotless suture material versus a standard continuous absorbable suture material for closure of the equine linea alba. Vet Surg. 2023 Sep 1. doi: 10.1111/vsu.14022. Online ahead of print.

一般的に、有棘縫合糸とは、糸の表面に返し棘が付いていて、組織内を通過した糸が逆方向には戻らない(=緩まない)構造になっている縫合糸を指します。また、この研究で用いられた双方向の有棘縫合糸では、全長90cmの糸の両端に縫合針が付いており、糸の真ん中から両端に向けて、逆向きになるように返し棘が付けられています。そして、この糸を用いて、二つの縫合針を左右の切開辺縁に交互に通しながら閉創することで、縫合の開始部と終了部に結び目を作らずに、白帯が縫合閉鎖されました。

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結果としては、白帯縫合の平均破損強度は、通常の縫合糸(305mmHg)よりも、有棘縫合糸(353mmHg)のほうが僅かに高い(統計的な有意差は無し)ことが分かりました。また、白帯縫合の破損形態は、通常の縫合糸では、その83%が糸の結び目に隣接する箇所での糸の破損となっており(残りの17%は筋膜破損)、一方で、有棘縫合糸では、その83%が糸の破損となっていました(残りの17%は筋膜破損)。なお、通常の縫合糸において、結び目が解けたり緩んだことで破損した事象は認められませんでした。

このため、馬の開腹術での白帯縫合においては、双方向の有棘縫合糸が代替インプラントの一つになる可能性がある、という考察が成されています。なお、白帯縫合に要した平均時間は、通常の縫合糸(5.7分間)よりも、有棘縫合糸(4.3分間)のほうが有意に短いことが分かり、また、創部に用いられた糸の長さ(平均値)は、通常の縫合糸(89cm)よりも、有棘縫合糸(78cm)のほうが有意に少なくなっていました。なお、縫合糸の値段は、有棘縫合糸のほうが、約3〜5倍ほど高額になると言われています。

一般的に、通常の縫合糸を用いて連続縫合をした場合、糸の一箇所が破損することで、連続縫合した部位の全長が離開してしまうリスクがあります。一方で、有棘縫合糸を用いた連続縫合では、糸が破損した箇所に限局して離開が起こり、他の部位の閉創は維持されるというメリットがあります。また、連続縫合の開始部と終了部に結び目が不要であることから、創部に用いる異物(縫合糸)が少量で済むため、術創感染のリスクを抑えられる可能性もあると考察されています。ただ、現時点で市販されている最も強固な有棘縫合糸は、太さがUSP2/EP5に留まっており、馬の開腹術の白帯縫合では、これよりも太い縫合糸が推奨されることもあります。

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この研究では、通常の縫合糸に比べて、有棘縫合糸の破損強度は、約16%増に留まっており、統計的有意差も確認されませんでした。また、この研究での強度試験は、単回のみの膨張負荷であったのに対して、実馬においては、多数回の軽い負荷によって、縫合糸や筋膜への疲労蓄積から破損に至ると推測されます。さらに、馬の仰臥位と起立位を比べると、後者のほうが、正中切開部に掛かる負荷が大きくなり、負荷の向きも異なることが知られています(上図)。このため、術中の仰臥位にて、糸の滑りが起きにくい有棘縫合糸で閉創してしまうと、術後に馬が立位になった時に、特定箇所の筋膜に、過剰または不均一な負荷が生じてしまうという可能性も否定できません。これらの要因を鑑みると、この研究での事象が、必ずしも生体内での強度を再現していない可能性もあると考えられます。

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関連記事:
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参考動画:Quill Animal Health - Barbed Bi-Directional Suture - Technique Training
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