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腹腔鏡と自動ロックループを用いた馬の陰睾の手術

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一般的に、停留精巣(いわゆる陰睾)とは、オス馬の精巣が、正常位置まで下降していない発生学的な病態を指します。馬の陰睾は、幾つかの病態に分類され、① 精巣が鼠径管の内部に位置している病態を鼠径停留精巣(いわゆるハイフランカー)、② 精巣が腹腔内に存在して精巣上体のみが内鼠径輪を通過している病態を不完全腹腔停留精巣、③ 精巣と精巣上体の両方が腹腔内に存在する病態を完全腹腔停留精巣と呼びます。

近年では、馬の陰睾のうち、③の病態に対しては、腹腔鏡手術を介して、低侵襲的に停留している精巣を摘出する術式が適応されてきています。そして、下記の研究では、腹腔鏡と自動ロックループ装置(Self-locking loop device)を併用した新しい術式によって、完全腹腔停留精巣を発症した20頭の症例馬における陰睾の摘出手術が行なわれました。

参考文献:
Bonomelli N, Hoglund OV, Bonilla AG. Laparoscopic cryptorchidectomy using a resorbable self-locking loop device in dorsally recumbent horses. Vet Surg. 2023 Jul 18. doi: 10.1111/vsu.14001. Online ahead of print.

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通常、馬の陰睾のうち、前述の①または②の病態に対しては、全身麻酔下での鼠径アプローチまたは傍鼠径アプローチにより、停留している精巣が摘出されることが一般的で、鼠径管を拡張しながら摘出した場合には、術後に内臓逸脱を予防するため、外鼠径輪を縫合閉鎖することが重要になります。一方、③の病態に対しては、全身麻酔下での傍鼠径アプローチ、または、傍正中アプローチが用いられますが、設備が整っているのであれば、腹腔鏡手術を介して摘出した方が、外科的侵襲性が低く、腹膜炎などの術後合併症のリスクを抑えられることが知られています。また、腹腔鏡を起立位で実施することで、全身麻酔を掛けるリスクを回避でき、腹腔臓器が腹底に沈んだ状態で施術できるため、充分な視野を確保しやすい等の利点があります。

この研究では、腹腔鏡の視野で、停留精巣の周囲に自動ロックループを容易に設置できた馬は65%(13/20頭)に上り、停留精巣のサイズが大きいほど(三歳以上の精巣)、自動ロックループの設置に対して、より長時間で、より熟練した手技を要することが分かりました。また、自動ロックループを用いた停留精巣の切除において、良好な止血が達成された馬は85%(17/20頭)に達しており、他の症例では、軽度の術中出血を認めたものの、ループを強めに締めたり、ループの設置箇所を変更したり、二個目のループを設置することで、適切な止血が施されたことが報告されています。

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この研究では、腹腔鏡と自動ロックループを用いた停留精巣の切除手術において、退院後に合併症を起こした馬はいなかったことが報告されています。術後には、軽度の血腹症を起こした馬が15%(3/20頭)でしたが、いずれも、内科的療法で治癒していました。ただ、一頭の症例が、手術の四ヶ月後に疝痛で安楽殺となり、他の一症例が、手術の17ヶ月後に出血性ショックで斃死したことが報告されています。なお、本研究での手術時間は、中央値で67分間(範囲:43〜189分間)でしたが、五回目以降は、手術時間が有意に短くなったことも示されています。

このため、自動ロックループ装置を用いた腹腔鏡手術では、三歳以下のサイズの小さい馬の停留精巣を適切に切除できることが示され、術後の合併症のリスクも低いことが示唆されました。一般的に、自動ロックループによる停留精巣の結紮では、電気メス系のシーリング装置に比べて、より堅固な止血が可能で、糸を用いた結紮よりも短時間で処置できるという利点があります。一方、欠点としては、ループの締め具合が強すぎる/弱すぎると、組織が裂けたり、ループが滑り落ちたりして、精索から出血をすること、および、ループ素材が完全に吸収されるまでに時間が掛かるため、腹腔内で異物炎症反応を続発して、腸管癒着や腹膜炎を起こす可能性があること、等が挙げられています[1]。

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この研究では、自動ロックループでの停留精巣の結紮では、サイズの大きい精巣に対しては、適切な止血ができない危険性があることが示されているため、腹腔鏡下での卵巣摘出術など、より大きな組織を結紮するのは難しいと推測されます。ただ、犬においては、通常の観血的去勢での精索の結紮処置[2]、および、開腹術での卵巣動脈の結紮[3]にも、類似のループ装置が用いられていることから、馬においても、ミニチュアホースの去勢や、成馬の消化管切除・吻合術における主要動静脈の結紮に対して、自動ロックループが応用可能なのかもしれません。

この研究で検証された腹腔鏡は、かなり高額な医療機器であり、施術のための熟練も必要な先端医療の一つであると言えます。しかし、世界的には、腹腔鏡を用いた馬の潜在精巣や卵巣の摘出の手技が確立され始めており、立位で実施できるという馬へのリスクの低さや、開腹術よりも安価であることを考えると、設備や手術人員の体制を整備することで、馬の福祉に貢献できるようになる側面が大きいのではないでしょうか(特に、日本のように、馬の吸入麻酔をかけるのが困難な地域が多い国では)。

Photo courtesy of Vet Surg. 2023 Jul 18. doi: 10.1111/vsu.14001.

参考文献
[1] Hoglund OV, Hagman R, Olsson K, Mindemark J, Borg N, Lagerstedt AS. A new resorbable device for ligation of blood vessels - A pilot study. Acta Vet Scand. 2011 Jul 8;53(1):47.
[2] Hoglund OV, Ingman J, Sodersten F, Hansson K, Borg N, Lagerstedt AS. Ligation of the spermatic cord in dogs with a self-locking device of a resorbable polyglycolic based co-polymer--feasibility and long-term follow-up study. BMC Res Notes. 2014 Nov 20;7:825.
[3] Hoglund OV, Hagman R, Olsson K, Carlsson C, Sodersten F, Lagerstedt AS. Ligation of the ovarian pedicles in dogs with a resorbable self-locking device--a long-term follow-up study. J Biomater Appl. 2013 May;27(8):961-6.

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