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馬の関節注射による蹄葉炎のリスク

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一般的に、馬の関節炎の治療では、コルチコステロイドの関節注射が行なわれていますが、その結果、血中のインスリン濃度が上昇して、蹄葉炎を発症するリスクに繋がるという懸念があります。そこで下記の研究では、インスリン調節能が正常(経口糖質投与試験で診断)であることが確認された10頭の実験馬を用いて、片方の中間手根関節に対してトリアムシノロンが関節注射され、その後の72時間にわたって、インスリンとグルコースの血中濃度が測定されました。

参考文献:
Boger BL, Manfredi JM, Loucks AR, Salamey MZ, Kapeller LE, Fricano AG, Winkler A, Yob C, Colbath AC. Intra-articular triamcinolone acetonide injection results in increases in systemic insulin and glucose concentrations in horses without insulin dysregulation. Equine Vet J. 2023 Sep 13. doi: 10.1111/evj.14003. Online ahead of print.

結果としては、トリアムシノロンの関節注射後、インスリンおよびグルコースの血中濃度は、統計的に有意な上昇を示していたものの(注射48時間後がピーク)、これらの濃度上昇は、生物学的には僅かな変化で、一般的な正常範囲内の測定値に留まっており、更に、注射72時間後には、基底値と有意差の無い濃度まで下降していました。このため、インスリン調節能が正常な馬に対しては、トリアムシノロンの関節注射によって蹄葉炎を発症するリスクは低いという結論が成されています。

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近年の文献では、コルチコステロイドの関節注射による蹄葉炎の発症率は、一年間当たり100頭につき1頭と、かなり低いことが報告されていますが[1]、この調査対象の多くは競走馬であったため、内分泌機能異常を呈していた症例は少なかったと予測されます。また、関節注射と蹄葉炎の関連性に関しては、直近の二十年間でも幾つかの調査研究がありますが[2-5]、いずれも、その因果関係を証明するデータは示されていません。

過去の文献では、コルチコステロイドを関節注射した場合に、どのような機序で蹄葉炎の発症に至るかの病因論は明らかにされていません。ただ、臨床症例の調査では、内分泌系の機能異常を有する馬においては、コルチコステロイドの関節注射によって蹄葉炎を続発する危険性がある、という警鐘が鳴らされており[1,4]、インスリン分泌の制御不全からグルコース調整機能が崩れて、蹄葉炎を発症するというメカニズムに対して、ステロイド投与が助長作用を及ぼしている可能性が示唆されています。

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一般的に、馬の蹄葉炎は、多因子の病因が関与して発症することが多い病気であることが知られており、これには、給餌されている濃厚飼料の種類や量、ストレスの多いイベント、蹄葉組織への歪みを左右する蹄形や肢勢の不正、などが挙げられます。また、過去の文献では、炭水化物を多給されている馬においては、コルチコステロイドの投与と蹄葉炎の重篤度とのあいだに、何らかの関連性があるという見解も提唱されています[6]。

この研究で驚かされたのは、インスリンやグルコースにおける個体差の大きさであり、上図の2つのグラフを見ても、個体によって測定値に何倍もの差があるのが分かります。つまり、「関節注射では蹄葉炎はまず起こらない」という結論が出たからと言っても、それはあくまで平均的な馬における予測であり、少数の例外的な事象が起こる可能性は常にあると考えられます。このため、実際のステロイド注射においては、此処の症例での治療後の反応性を注視して、潜在的な副作用の発現を見落とさないよう努めることが重要だと言えそうです。

参考文献:
[1] Haseler CJ, Jarvis GE, McGovern KF. Intrasynovial triamcinolone treatment is not associated with incidence of acute laminitis. Equine Vet J. 2021 Sep;53(5):895-901.
[2] Potter K, Stevens K, Menzies-Gow N. Prevalence of and risk factors for acute laminitis in horses treated with corticosteroids. Vet Rec. 2019 Jul 20;185(3):82.
[3] Hammersley E, Duz M, Marshall JF. Triamcinolone administration does not increase overall risk of developing laminitis. Equine Vet J. 2015;47(S48):24.
[4] McGowan C, Cooper D, Ireland J. No evidence that therapeutic systemic corticosteroid administration is associated with laminitis in adult horses without underlying endocrine or severe systemic disease. Vet Evid Online. 2016;1(1):1-17.
[5] McCluskey MJ, Kavenagh PB. Clinical use of triamcinolone acetonide in the horse (205 cases) and the incidence of glucocorticoid-induced laminitis associated with its use. Equine Vet Educ. 2004;16(2):86-89.
[6] Hood DM, Stephens KA, Amoss MS. The effect of chronic exogenous steroid on the carbohydrate model of laminitis. Proceedings of the endotoxemia-laminitis symposium american association of equine practitioners newsletter. Lexington, KY: American Association of Equine Practitioners; 1982. p. 2.

Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Sep 13. doi: 10.1111/evj.14003.

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