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他家の幹細胞による屈腱炎の治療(リニューテンド®)

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近年の獣医学では、運動器疾患に対する再生医療の臨床応用が進んでおり、間葉系幹細胞の局所投与を介して、組織の再生過程を促進する療法が試みられています。ここでは、馬の浅屈腱炎(Superficial digital flexor tendinitis)および繋靭帯損傷(Suspensory ligament injury)に対して、他家の幹細胞の病巣内注射による治療を行なった知見を紹介します。

下記の研究では、ベルギーの四箇所の馬病院にて、浅屈腱炎または繋靭帯炎の診断が下された100頭の症例馬を用いて、他家の間葉系幹細胞(Allogenic mesenchymal stem cells)の病巣内注射(治療馬:66頭)、または、偽薬(プラセボ)の病巣内注射(対照馬:34頭)を実施して、その後に長期的な経過追跡が行なわれました。

参考文献:
Carlier S, Depuydt E, Suls M, Bocqué C, Thys J, Vandenberghe A, Martens A, Saunders J, Hellmann K, Braun G, Beerts C, Spaas JH. Equine allogeneic tenogenic primed mesenchymal stem cells: A clinical field study in horses suffering from naturally occurring superficial digital flexor tendon and suspensory ligament injuries. Equine Vet J. 2023 Oct 17. doi: 10.1111/evj.14008. Online ahead of print.

この研究で用いられた細胞は、他の馬の抹消血液から分離された間葉系幹細胞を、腱靱帯系細胞への分化に誘導したもので、バイアル内で凍結させた状態で市販され(含まれる細胞数に関する記述は無し)、獣医師が臨床現場で解凍した後、治療対象の腱靱帯組織内に注射するシステムになっています。そして、複数の検証実験にて治療効果と安全性が証明されているため、欧州では、「リニューテンド(RenuTend®)」という商品名で試験的な臨床応用が開始されています[1,2]。

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結果としては、治療三ヶ月半後のエコー検査にて、病変組織の線維走行スコアが向上していた割合は、対照馬(55%)よりも治療馬(100%)のほうが有意に高いことが分かり、この時点で線維再生が完了していた割合は(線維走行スコアがゼロ)、対照馬では9%に留まったのに対して、治療馬では65%に達していました。また、病変組織のエコー輝度が向上していた割合も、対照馬(58%)よりも治療馬(97%)のほうが有意に高くなっていました。更に、エコー画像上での病変の断面積の変化を見ると、対照馬では平均4.6平方mmの減少に留まったのに比べ、治療馬では平均27.6平方mmの減少と、有意に優れた病変のサイズ低下を示したことが報告されています。

この研究では、治療三ヶ月半後の時点で、無跛行(グレード0)であった割合は、対照馬(24%)よりも治療馬(71%)の方が有意に高かったことが分かり、また、腱靱帯の損傷箇所の触診痛が無くなっていた割合も、対照馬(36%)よりも治療馬(80%)の方が有意に高くなっていました。更に、長期的な経過追跡ができた馬のうち、腱靱帯損傷を再発していなかった割合は、対照馬では8%(2/26頭)に過ぎなかったのに対して、治療馬では77%(41/53頭)に達したことが分かりました。

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このため、馬の腱靱帯損傷に対する他家幹細胞の病変内注射では、損傷箇所の治癒を促進させて、治癒のクォリティを上げるという効能が期待されることが示唆されました。その結果、他家幹細胞の注射により、早期の跛行消失と騎乗運動の再開が達成できることに加えて、腱靱帯損傷の再発率低下という長期的なメリットもあることが分かりました。実際のところ、治療三ヶ月半後に線維再生が完了(線維スコアがゼロ)していた馬では、再発率が22%に留まったのに対して、そうでない馬では、再発率が62%に及んでおり、損傷箇所の早期治癒を誘導することが、長期的な病態再発を抑えるのに有益であると推測されています。

この研究では、臨床試験に供出された100頭の症例馬に対して、他家幹細胞の治療は無作為に割り当てられており、また、馬主や調教師、獣医師は、その馬が治療群なのか、それとも対照群なのかは分からないまま病態経過を判断する(盲検)という研究デザインとなっていました。このため、治療内容を知っていることによるバイアスが働きにくく、幹細胞療法の治療効果を適切に評価できたと考えられます。しかし、その場合でも、馬主や調教師が、先端医療である幹細胞注射を受けたかもしれないと考えて、通常の故障馬に比べて、よりアグレッシブなリハビリメニューを組んだり、より早期の騎乗開始を目指すなど、飼養管理方針に何らかのバイアスが生じた可能性は否定できないと考察されています。

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この研究の限界点としては、臨床症例を用いた検証であるため、幹細胞治療を受けた腱や靱帯の組織学的検査は実施されていないことが挙げられており、エコー画像の所見や、歩様良化などの臨床徴候の向上が、実際の病変箇所の治癒促進によるものか否かは、詳細には裏付けられていません。また、長期的な予後判定は、馬主や調教師の主観に依存するところが大きく、力学的歩様解析などの客観的指標による評価を含めることも改善可能な点だと言えます。更に、約二割の症例で、長期的な経過追跡ができておらず、これらの馬で経過が芳しくなかった場合には、幹細胞療法の治療効果が過大評価されてしまった可能性も否定できない、という考察も成されています(もし幹細胞注射の効き目が無く、跛行が難治性で、転用や廃用になった馬では、経過連絡が途絶えることが多いと予測されるため)。

今回の研究で検証された「リニューテンド」は、商品化されて市販するのを目指している幹細胞製剤であり、細胞培養の設備を持たない獣医師であっても、業者から購入して、現場で解凍・注射することで、屈腱炎の臨床症例に再生医療を適応できるという利点があります。しかし、一般的な薬物療法と異なり、細胞を用いる治療法では、どの病気のどのステージにおいて、何個くらいの細胞を何回注射すれば効き目があるのかが不明瞭であり、高額な治療費をクライアントに求める正当性があるのか、については賛否両論があると言えます。加えて、臨床応用が始まったばかりの治療法であるため、長期的な安全性についても知見の蓄積が重要であると言え、特に、他の個体の細胞に対する免疫拒絶による深刻な炎症性病態が継発するリスクについては、十分に留意する必要があるのかもしれません。

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実際のところ、馬の運動器疾患においては、自家幹細胞による治療法も20年ほど前から存在し、骨髄や脂肪組織を郵送すれば、分離培養した幹細胞を返送してくれるというビジネスも多数ありますが、残念ながら、一過性のブームに終わり、臨床応用はあまり広まっていないのが実状です。ですので、今回の他家幹細胞療法についても、今後の後追い研究での治療成績を注視して、充分な費用対効果があるのかどうかを、慎重に見極めることが重要だと言えそうです。また、他の個体の細胞を注射することは「生物ドーピング」に該当する可能性があり、倫理的な問題にも配慮する必要がありそうです。なお、「リニューテンド」の価格は非公表ですが、類似の他家幹細胞の製品では、獣医師の技術料も含めて、一回当たり約1,000ユーロ(約15万円)ほど掛かると言われています。

Photo courtesy of GiROVET (www.girovet.com/en/renutend-inj-susp-1-dose).

参考文献:
[1] Spaas JH, De Schauwer C, Cornillie P, et al. Culture and characterisation of equine peripheral blood mesenchymal stromal cells. Vet J. 2013 Jan;195(1):107-13.
[2] Depuydt E, Broeckx SY, Van Hecke L, et al. The Evaluation of Equine Allogeneic Tenogenic Primed Mesenchymal Stem Cells in a Surgically Induced Superficial Digital Flexor Tendon Lesion Model. Front Vet Sci. 2021 Mar 5;8:641441.

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このエントリーのタグ: 先端医療 腱靭帯疾患

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