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馬の腱靭帯疾患に対する乳化吸引療法

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馬の屈腱炎や靭帯炎は、競走馬や乗用馬に頻発する運動器疾患で、治癒までに長期間の休養を要することに加えて、再発率が高いことから、経済的な損失の大きい疾患であると言えます。その要因としては、屈腱炎や靭帯炎においては、腱や靭帯の線維が微細断裂した箇所に、肉芽組織が浸潤して瘢痕形成を起こすことから、それが妨げとなって、腱/靭帯線維が再生するのに長期間を要したり、瘢痕組織が混在する腱/靭帯は、健常な腱/靭帯よりも脆くなってしまうことが挙げられています。

そこで、下記の研究では、乳化吸引療法によって、馬の腱靭帯疾患における瘢痕組織を除去する新治療が試験されました。この研究では、慢性化した腱靭帯疾患を呈した8頭の症例馬(10箇所の病変)に対して、ヒト医療で使われている経皮高周波掻爬(Percutaneous ultrasonic debridement)の装置を用いて、罹患箇所の瘢痕組織を乳化吸引した後、長期的な経過追跡が行なわれました。

参考文献:
Vlahos TP. Percutaneous ultrasonic debridement of equine tendinopathy and desmopathy: A report of 10 cases. Open Vet J. 2023 Sep;13(9):1141-1149.

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結果としては、治療後のエコー検査によって、乳化吸引療法が行なわれた全ての病変部で、腱靭帯線維の走行が向上し、健常組織構造に変化したことが分かりました。また、全ての症例馬において跛行の良化を示し、八割の罹患肢(8/10病変)が無跛行まで回復したことも報告されています。そして、今回の乳化吸引療法による副作用を認めた馬はなく、更に、腱靭帯疾患が再発した馬もいなかったことが報告されています。なお、今回の乳化吸引処置は、六頭が全身麻酔下、残りの二頭が立位にて実施され(鎮静と局所麻酔)、処置そのものは1〜5分間で完了し、3〜5mmの皮膚穿刺のみで施術された(皮膚縫合は不要)ことも報告されています。

このため、馬の腱靭帯疾患に対しては、乳化吸引療法によって瘢痕組織を除去することで、健常な腱靭帯の再生および機能回復が期待されることが分かり、また、損傷箇所に瘢痕が残りにくいため、腱靭帯疾患の再発率も低くなることが示唆されました。なお、今回の研究での適応疾患は、浅屈腱炎(3例)、深屈腱炎(2例)、体部繋靭帯炎(2例)、支持靭帯炎(1例)、脚部繋靭帯炎(1例)、アキレス腱炎(1例)となっていました。なお、無跛行にならなかった2例は、深屈腱炎と体部繋靭帯炎が1例ずつでした。

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一般的に、乳化吸引療法は、高周波エネルギーによって組織変性を起こさせて、それを削り落として吸引除去する治療法であり、1960年代から、水晶体に生じた白内障の病変を取り除くために応用されています。そして、2010年代からは、装置が改良されて、腱炎や靭帯炎の病変部から瘢痕組織を除去する治療に応用されており、腱靭帯の線維の性状プロファイルに応じて乳化作用を調整することで、病変周囲の健常な腱靭帯への影響を最小限に抑えて、瘢痕の病変のみを取り除けることが示されています。

ヒト医療における乳化吸引療法は、テニス肘やアキレス腱炎、足根腱膜炎、肩や膝の腱炎などの治療に適応されており、2018年には、より太い径のマイクロチップを用いて、腱靭帯内部の骨化/石灰化病変を除去する治療法も開発されています(これらは全て米国FDAの認可済)。そして、2023年の時点では、16万人以上のヒトの腱靭帯疾患に対して乳化吸引療法が実施され、副作用を起こしたのは30人のみであった(副作用の発生率は0.02%以下)と述べられており、また、他の外科的療法に不応性であった難治性の病変でも、良好な治療成績が示されたと報告されています[1]。更に、2019年には、難治性の脚部繋靭帯炎を発症したサラブレッド(当時2歳齢)に対して、乳化吸引療法と幹細胞治療が実施され、この馬は競走復帰して、良好な成績をおさめ(二回勝利した)、治療三年後までに繋靭帯炎の再発も無いことが報告されています[2]。

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この研究では、乳化吸引療法が適応された10箇所の病変のうち、治療前の経過が半年以上に及ぶような慢性疾患は半数(5/10病変)であり、このうち、無跛行まで回復したのは八割(4/5病変)となっていました。このため、馬の腱靭帯疾患に対する乳化吸引療法では、他の治療法に不応性を示した慢性症例でも、比較的に良好な予後が期待されると考えられました。しかし、今回は症例数も少なく、乳化吸引と他の療法との比較も成されていないため、腱靭帯疾患の発症直後に乳化吸引療法を行なうことで、短期間での騎乗復帰に繋がるか否かは、今後の検証を要すると考察されています。

この研究では、乳化吸引療法が立位で実施されたのは二頭のみ(全体の1/4)でしたが、将来的に広く臨床応用を目指すのであれば、全身麻酔無しでこの治療を行なうことの利点や欠点を評価するのが重要だと言えます。例えば、ヒトの靭帯を乳化吸引する場合と違って、馬が立っているときの浅屈腱や繋靭帯は、強い緊張負荷が掛かって張り詰めた状態であり、腱/靭帯線維の隙間が少ないため、高周波で変性させた微細組織片を効率的に吸引できない危険性があります。一方で、緊張が掛かっている腱靭帯は硬度が増して、瘢痕組織との性状の差が大きくなるため、高周波が健常な腱靭帯に与えるダメージを抑えられる、というメリットが生まれるかもしれません。この辺りは、実馬を用いた検証実験で解明していく要アリと言えそうです。

Photo courtesy of Open Vet J. 2023 Sep;13(9):1141-1149; Open Vet J. 2019 Apr;9(1):54-57.

参考文献:
[1] Nanos KN, Malanga GA. Treatment of Patellar Tendinopathy Refractory to Surgical Management Using Percutaneous Ultrasonic Tenotomy and Platelet-Rich Plasma Injection: A Case Presentation. PM R. 2015 Dec;7(12):1300-1305.
[2] Kamineni S, Ruggles A, Ashfaq H. Ultrasonic debridement with stem cell therapy of suspensory branch desmitis in an equine patient. Open Vet J. 2019 Apr;9(1):54-57.

参考動画:Tenex Health TX Animation


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このエントリーのタグ: 腱靭帯疾患 先端医療

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