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若齢馬の変位疝における手術後の競走成績

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馬の疝痛治療での開腹術は、侵襲性や合併症の危険も大きく、施術を判断する際には、術後にパフォーマンスを維持できるか否かも、重要な判断要因であると言えます。

ここでは、若齢馬の変位疝での開腹術と、その後のセリ価格や競走成績への影響を調査した知見を紹介します。この研究では、米国の二箇所の馬病院において、1998~2016年にかけて、大結腸変位(Large colon displacement)の治療のために開腹術が実施された110頭のサラブレッド競走馬における、医療記録の回顧的解析、退院後の長期的な追跡調査、および、開腹術を受けていない299頭の対照馬との比較が行なわれました。

参考文献:
Edwards VL, Loux S, Embertson R. Sales and race performance of juvenile Thoroughbreds with surgically corrected large colon displacements. Equine Vet J. 2023 Nov;55(6):962-967.

結果としては、変位疝で開腹術を受けた馬(疝痛馬)と対照馬のあいだで、セリにおける購買価格には有意差がありませんでした。そして、二歳のシーズンにおける平均出走数は、疝痛馬(1.0回)のほうが対照馬(2.3回)よりも有意に少なかったことが分かりましたが、二歳から四歳までのシーズンを合計すると、両群のあいだで平均出走数に有意差は認められませんでした。また、競走デビューできた馬の割合は、疝痛馬(70%)と対照馬(69%)のあいだで有意差が無く、米国全体でのサラブレッド競走馬のデビュー率(70%)とも同程度になっていました。

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この研究では、レースでの獲得賞金(中央値)を見ると、疝痛馬と対照馬のあいだで有意差は無かったことが分かりました。しかし、二歳のシーズンでは、疝痛馬($3,721)のほうが対照馬($6,255)よりも四割ほど少なくなっていました(統計的な有意差は無し)。また、二歳から四歳までのシーズンを合計した獲得賞金でも、疝痛馬($20,130)のほうが対照馬($30,187)よりも三割以上も少なくなっていました(統計的な有意差は無し)。

このため、若齢馬の変位疝(大結腸の変位)に対する開腹術では、その後のセリ価格や、競走馬としてのパフォーマンスには、最小限の影響しかないと結論付けられています。しかし、対照馬よりも疝痛馬のほうが、二歳シーズンでの出走数が有意に少なくなり(半分以下の出走数)、二歳での獲得賞金も四割減となっているデータを見ると、変位疝の開腹術によって、十分に留意するべきマイナス影響が出た、という解釈をするのが妥当であるようにも思えます。

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この研究では、競走馬としてのパフォーマンスの指標として、獲得賞金の総額のみが解析されています。しかし、賞金額というデータは正規分布しないため(少数の実力馬の獲得額が極端に大きくなる)、統計的な解析力が低くなり易いことから、賞金額に有意差が無いことだけで、両群が同程度のレース能力を有すると結論付けることには、疑問が残るのかもしれません。今回の研究では、他の指標になりうる、レースでの勝率、着順、一着馬との馬身差、レースごとの賞金額などは解析されていませんでした。

この研究では、開腹術の適応症となった「変位疝」の取り込み基準として、大結腸の左背方変位(腎脾間捕捉を含む)、大結腸の右背方変位、および、大結腸の捻転のうち、270度以下の捻転で結腸絞扼に至っていなかったもの、等が含まれました。しかし、これらの疾患別の治療成績は比較されておらず、長期的な予後(セリ価格や競走パフォーマンス)への影響も評価されていませんでした。もともと、大結腸が左右へと変位することと、腸軸に沿って捻転してしまうことは、根本的に異なる状態であり、「結腸変位」として一つにまとめるのは無理がありそうです。また、右背方変位と左背方変位との違い、および、捻転の180度と270度の違いによっても、虚血を起こす度合いや、外科的整復の難易度も大きく変わるため、これらに応じて治療成績を評価すべきだったと言えます。

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この研究では、開腹術において結腸の切開術(腸内容の排出)を行なったか否かや、結腸の切除吻合術や固定術を実施したかどうかなど、此処の術式の違いによる予後比較は行なわれていませんでした。これらは、腹腔汚染の重篤度や、術後の腸管機能の回復度合いにも大きく影響するため、それによる治療成績への悪影響を精査すべきだったと考えられます。更に、今回の研究では、搬入時の臨床症状(痛みの度合いや心拍数等)、血液や腹水の検査所見、直腸検査所見、エコー検査所見なども、解析の対象にはなっていませんでした。このため、変位疝の開腹術を決断する際に、多様な検査所見を鑑みて、術前に予後予測するための知見も深まっていなかったのは残念な点だと思います。

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