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競技引退した高齢馬の筋量低下の影響

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近年、馬の寿命が延びて、高齢馬の飼養頭数が増えるに連れて、高齢期における病気の治療や健康管理が重要になってきています。そして、競技引退した後の高齢馬において、削痩していくことに不安を感じながらも、筋肉量の維持に苦慮している、というホースマンの声もよく耳にします。

ここでは、競技引退した高齢馬の筋量低下(Low muscle mass)による影響を調査した知見を紹介します。下記の研究では、米国のケンタッキー州にて、2,717頭の高齢な乗用馬(15歳以上)の馬主に対して聞き取り調査が行なわれ、筋量低下の割合とその影響や、競技引退の理由等が評価されました。

参考文献:
Herbst AC, Coleman MC, Macon EL, Brokman A, Stromberg AJ, Harris PA, Adams AA. Retirement risk factors, exercise management and muscle mass in US senior horses. Equine Vet J. 2023 Jun 21. doi: 10.1111/evj.13958. Online ahead of print.

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結果としては、調査対象の高齢馬のうち、筋量低下を呈していた馬は17.2%に及び、その多くが、騎乗やウェルフェアに悪影響が出ているという稟告が出ていました。また、筋量低下を起こす危険因子としては、加齢、騸馬であること、クッシング病、関節炎、蹄葉炎、および、騎乗からの完全/部分引退していること、等が挙げられました。

この研究では、調査対象の高齢馬のうち、競技を引退している馬は38.5%で、騎乗から完全に引退している馬も39.8%に及んでいました。また、15〜24歳までに騎乗から完全引退した馬が過半数(61.5%)でしたが、加齢に伴って、騎乗される頻度が有意に減少していくことが確認されました(上図は、縦軸が一週間あたりの騎乗回数を示し、横軸が馬の年齢を表わしています)。

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このため、競技や騎乗から引退した高齢馬では、筋量低下から騎乗やウェルフェアへの悪影響が出る可能性があることを再認識させるデータが示されたと言えます。ただ、高齢になるほど騎乗される回数は減るため、短時間でも筋量低下を予防できるよう、高齢馬のための効率的な運動管理方法の確立が求められる、という考察がなされています。

この研究では、運動器系や内分泌系の疾患が、筋量低下の危険因子になること、および、医療的問題が競技引退の要因になることが示されました(加齢、牝馬、サラブレッド種であることも有意な競技引退の危険因子)。このため、自然治癒力の落ちた高齢馬において、慢性経過を取ることの多い疾患(関節炎、蹄葉炎、クッシング病等)を如何に管理していくかが、筋量低下を予防するために重要だと考えられました。

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この研究では、筋量低下が視認される馬体の部位についても聞き取りが行なわれ、特に、背部の筋肉が重度に減少してしまう個体が多いというデータが示されました(上図)。この要因としては、加齢によって騎乗の回数や時間が減ることで、装鞍や収縮運動をするために必要な背筋群の萎縮を起こし易いこと、および、高齢馬では、脊椎支持組織の弛緩や消化管の容積増加から、背湾肢勢になる個体も多く(下写真)、背筋の萎縮が目立つ体型になること、等が挙げられています。

この研究の限界点としては、筋量低下の有無やその原因/影響について、あくまで馬主の主観的な見解を聞き取り調査しただけであるため、前述の危険因子に関して、筋量への影響度合いの大きさや、因果関係についての信頼性は不明瞭である点が挙げられます。また、実際の筋肉量が計測された訳ではないため、加齢で皮下脂肪が減少したことで、視覚上、筋量低下が強調された可能性も考えられます。なお、サラブレッド種であることが、競技引退の一要因になった理由については、明確には結論付けられていませんでした。

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一般的に、高齢馬においては、馬主が認識していない諸問題が、筋量低下の主因である可能性は否定できません。具体的には、歯科疾患、顎関節炎、不適合馬具、寄生虫感染、間質性肺炎、消化不良を起こす腸内細菌叢の撹乱、蛋白質の漏出または合成不全を生じる炎症性消化器病や肝臓病、運動過多などが挙げられます。このため、高齢馬の筋量低下を予防するためには、年一回程度の健康診断を受けることで、運動器系に限らず、全ての臓器系の異常を早期発見することも大切だと言えます。

我々、ヒトを見ても、高齢になれば体形が細身になることは多いですし、重い筋肉の量を減らして、四肢への負担を減らすことも、生物の自然な老化現象の一つであると言えるかもしれません。そう考えると、競技引退した高齢馬においても、私たちが一番留意すべきなのは、筋量を維持することではなく、健康を維持すること(健康的な痩せ体型になっていくこと)なのではないでしょうか。

Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Jun 21. doi: 10.1111/evj.13958.

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