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イーロス(EOTRH)の概要と治療方針

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近年、馬の獣医学で提唱されている歯科疾患として、ウマ破歯細胞性歯再吸収およびセメント質肥大症(EOTRH: Equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis)という病気があります。臨床的に認識されてから、まだ二十年程度の疾患であるため、未解明な要素もありますが、馬の歯科疾患としては、最も痛みが強いものの一つだとも言われています。ここでは、EOTRHの概要や治療方針などを解説した総説的論文を紹介します。なお、EOTRHという病名の略号は、英語圏では「イーロス[“E-roth”]」と発音されているようです。

参考文献:
Rahmani V, Hayrinen L, Kareinen I, Ruohoniemi M. History, clinical findings and outcome of horses with radiographical signs of equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis. Vet Rec. 2019 Dec 14;185(23):730.



EOTRHの概要について

一般的に、EOTRHは、高齢馬の切歯と犬歯に疼痛をもたらす病気であり、サラブレッド/ウォームブラッドおよび騸馬に好発することが知られていますが[1-3]、臼歯にも発症したという報告や[4]、壮年期(11〜13歳齢)でも画像上の異常を認めたという知見もあります[5]。罹患した歯は、内外構造の再吸収と、歯表面の不整なセメント質生成を起こすのが特徴で、上下左右の第三切歯(最も外側の前歯)から始まって(歯式で言う103,203,303,403)、徐々に第二/第一切歯に進行していきます。

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EOTRHの症状は多様で、X線画像で異常を認めても不症候性である個体が多い一方で、咀嚼不全、食欲低下、削痩、行動変容などの前駆徴候を示す馬もいます。そして、病気の進行に伴って、歯周病の徴候(歯肉炎、歯肉浮腫、歯肉後退)、瘻形成、歯変位、歯折、歯脱落を呈するようになり、重篤な病態に陥った歯では、非常に痛みの強い疾患であることが知られています。EOTRHの病因としては、歯周炎症が歯再吸収の引き金になることや、歯周靭帯の変性から細菌感染(トリポネーマ菌やタンネレラ菌)を起こすことが挙げられています。



EOTRHの診療について

EOTRHの診断では、切歯の外観や触診に加えて、上下顎部のX線検査によって確定診断が下されますが、罹患しても不症候性のケースが多いことに留意する必要があります。このため、痛みの症状が明瞭なケースを除くと、口腔検査(デンタルミラーやプローブを用いた視診と触診)によって、臼歯を含む全ての歯を精査して、EOTRHによる切歯の疼痛が、本当に、咀嚼不全や削痩の原因なのかを判断することがポイントになってきます。

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EOTRHの治療では、罹患して疼痛のある切歯を抜歯することが唯一の有効な治療法であると言われており、それにより、高齢馬の生活の質(QOL)を向上できると提唱されています [6,7]。ただ、疼痛が重篤でない症例においては、抜歯処置の是非やそのタイミングの判断が難しいことも多々あります。一方、保存療法として、抗生剤や抗炎症剤の全身投与、口腔洗浄なども試みられていますが、EOTRHの症状を一時的に緩和することしか出来ないと報告されています[8,9]。



EOTRHの治療方針について

この論文では、新たな20頭のEOTRHの診療結果も述べられており、罹患した切歯に重篤な疼痛を認めた馬が55%(11/20頭)に達したため、抜歯処置が実施または推奨されていました。言い換えると、EOTRHの罹患馬の約半数(9/20頭)では、慢性の軽度疼痛のみ呈したと推測されており、これらの歯をすぐに抜歯するか否かは、馬主と獣医師の両方にとってジレンマなのかもしれません。もし、切歯を殆ど全て抜かなくてはいけない症例がいた場合、前歯があることによる慢性疼痛と、前歯が無くなることによる不自由さや不快感のうち、どちらがその馬の余生に取ってマイナスが大きいかを判断するのは、必ずしも容易では無いケースもあると推測されます。

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今回の論文でも、EOTRHが確定診断された場合でも、抜歯するのを躊躇するオーナーは多いと記述されており、慢性疼痛の悪影響を推察することの不確実さや、治療の費用対効果とウェルフェアの両立を図る難しさなど、高齢馬の飼養管理そのものに関する課題も指摘されています。このため、今後は、EOTRHの病態がどれくらい軽症であれば、飼料変更(柔らかいブランマッシュ給餌等)や、長期的な鎮痛剤の投与によって、疼痛制御およびQOL維持が可能であるか、という治療成績を積み上げる必要があると考えられます。少なくとも、現時点では、X線で見つけたEOTRHの切歯において、疼痛の度合いが不明瞭な症例では、抜歯するのが常に最善の方向性であるかどうかは、エビデンスが不充分な側面もあるのではないでしょうか。



EOTRHの予防対策について

EOTRHは、近年になって起こり始めた病気ではなく、その多くが、これまでずっと見落とされてきた病気であると考えられています。例えば、過去に、原因不明の慢性削痩を起こしていた馬や、他の歯科疾患で咀嚼不全になっていると見なされていた馬(高齢馬の波状歯や階状歯などは、完全な矯正が難しいため)においては、実はEOTRHが主因だった症例も含まれていたかもしれません。また、クッシング病からEOTRHが誘発されたり(コルチゾルが歯周靭帯を弛緩させて細菌感染を助長するため)、EOTRHから砂疝が続発する(前歯の痛みで、牧草を食むときに砂を誤嚥する度合いが増えるため)という仮説もあるため、これらの馬における削痩の主因が、実はEOTRHであった可能性は否定できません。

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そう考えると、将来的には、高齢馬の切歯でのX線検査を、多数頭の馬に対して、網羅的かつ継時的に実施して、無症状であるEOTRHの有病率の解明、および、EOTRHの病態進行の速度とそれに寄与する因子を検証することが必要だと考えられます。また、そのような知見を通して、EOTRHの発症素因(顎骨の幅、歯根の長さ、歯列の角度など)が分かるかもしれません。そして、EOTRHが何年もかけて緩やかに進行していく病気であることを考えると、エサの種類や歯科処置の方法が、EOTRHの発症に関与するかを評価することで、有効な予防対策を見出せるのではないでしょうか。

Photo courtesy of Vet Rec. 2019 Dec 14;185(23):730; EOTRH Syndrome (Midwest Veterinary Dental Services); The Equine Practice, Inc.

参考文献:
[1] Staszyk C, Bienert A, Kreutzer R, et al. Equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis. Vet J. 2008 Dec;178(3):372-9.
[2] Henry TJ, Puchalski SM, Arzi B, et al. Radiographic evaluation in clinical practice of the types and stage of incisor tooth resorption and hypercementosis in horses. Equine Vet J. 2017 Jul;49(4):486-492.
[3] Smedley RC, Earley ET, Galloway SS, et al. Equine Odontoclastic Tooth Resorption and Hypercementosis: Histopathologic Features. Vet Pathol. 2015 Sep;52(5):903-9.
[4] Moore NT, Schroeder W, Staszyk C. Equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis affecting all cheek teeth in two horses: clinical and histopathological findings. Equine Vet Educ 2016;28:123–30.
[5] Rehrl S, Schroder W, Muller C, et al. Radiological prevalence of equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis. Equine Vet J. 2018 Jul;50(4):481-487.
[6] Lorello O, Foster DL, Levine DG, et al. Clinical treatment and prognosis of equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis. Equine Vet J. 2016 Mar;48(2):188-94.
[7] Rawlinson JT, Earley E. Advances in the treatment of diseased equine incisor and canine teeth. Vet Clin North Am Equine Pract. 2013 Aug;29(2):411-40, vi-vii.
[8] du Toit N, Rucker BA. The gold standard of dental care: the geriatric horse. Vet Clin North Am Equine Pract. 2013 Aug;29(2):521-7, viii.
[9] Nicholls VM, Townsend N. Dental Disease in Aged Horses and Its Management. Vet Clin North Am Equine Pract. 2016 Aug;32(2):215-27.

参考動画:EOTRH Diagnosis And Treatment (Moore Equine Dental Services)


関連記事:
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