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イーロス(EOTRH)のX線診断

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近年、馬の獣医学で提唱されている歯科疾患として、ウマ破歯細胞性歯再吸収及びセメント質肥大症(EOTRH: Equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis)という病気があります。臨床的に認識されてから、まだ二十年程度の疾患であるため、未解明な要素もありますが、ここでは、EOTRHのX線診断に関する知見を紹介します。なお、EOTRHという病名の略号は、英語圏では「イーロス[“E-roth”]」と発音されているようです。

下記の研究では、EOTRHのX線検査における病態所見の傾向を調査するため、ドイツのベルリン大学の獣医病院において、2011〜2014年にかけて、歯科検査の際に実施されたX線画像の中から、十歳齢以上の馬のものを抽出して、画像所見の回顧的解析が行なわれました。

参考文献:
Rehrl S, Schulte W, Staszyk C, Lischer C. Equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis: Investigating individual incisor disease patterns using radiological classification. Equine Vet J. 2023 May;55(3):419-425.

この研究では、X線画像上でのEOTRHの所見を、その重篤度に応じて、ステージ0〜3の四段階に分類しています。
ステージ0(正常):異常所見なし。
ステージ1(軽度):歯根尖は無変化または僅かに丸みを帯びて、歯表面が不整で粗雑。
ステージ2(中程度):歯根尖は明瞭に丸みを帯びて、歯表面は不整で粗雑だが、歯髄内腔幅は歯冠幅を越えない。
ステージ3(重度):歯表面は明瞭な不整で粗雑、歯形状は損失し、歯折を伴うこともある。歯髄内腔幅は歯冠幅より広い。


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結果としては、X線検査された切歯のうち、EOTRHの所見を認めた歯は88%(1,430/1,624歯)に及んでおり、この内訳は、ステージ1が49%、ステージ2が27%、ステージ3が12%となっていました。これらの病変を、切歯の位置ごとに見ると、上顎よりも下顎の切歯のほうが、より重篤なEOTRH病変を起こす(ステージがより高い)ことが分かり、ステージ1〜3を合計したEOTRH罹患歯の割合は、上顎切歯では86%で、下顎切歯では90%となっていました。

この研究では、外側にある切歯ほど、より重篤なEOTRH病変が認められることが分かり、例えば、第一→第二→第三切歯の順に見ると、軽度な病変(ステージ1)の割合は60%→52%→36%と有意に減少していたのに対して、重度な病変(ステージ3)の割合は6%→12%→19%と増加していく傾向にありました。ただ、左右に分けた場合の切歯の位置では、病変ステージに有意差は認められました。なお、下図では、横軸の01~03は第一~第三切歯を示しており、縦軸は頭数で、緑~赤の色はステージ0~3を表わしています。

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この研究では、馬の加齢に伴って、EOTRHの重篤度も上がっていくことが分かり(切歯の位置に関わらず)、馬の年齢と病変ステージのあいだには、有意な相関が認められました(相関係数[r]=0.48)。また、歯の位置ごとに見ると、第三切歯のほうが第一/第二よりも相関の近似直線の傾斜角度が有意に大きくなっており、つまり、外側にある切歯ほど、加齢に伴うEOTRH病変の進行度合いが速いことが分かりました。また、馬の年齢と病変ステージのあいだにおける相関係数を見ても、第三切歯(r=0.54)の方が、第一(r=0.43)/第二(r=0.45)よりも有意に大きくなっていました。なお、下図では、横軸が年齢、縦軸がステージを示しており、赤が第一切歯、緑が第二切歯、青が第三切歯を表わしています。

このため、十歳以上の成馬におけるEOTRH病変は、有病率が九割近くに及ぶため、病変の有無よりも、その重篤度を評価することが重要であると考えられました。また、加齢に伴ってEOTRH病変が進行していくことから、定期的な切歯のX線検査で、EOTRH病変の進行度合いを継時的評価することで、臨床症状との因果関係を判断する一助になる(特に外側にある切歯において)と同時に、高リスクの個体を早期に発見できる可能性もあると考察されています。ただ、今回の調査対象は、何かしらの歯科疾患や咀嚼不全が認められて、獣医師への歯科検査が依頼された馬のみであったため、EOTRHの有病率が高めになった可能性が高いと予測されています。

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過去の知見では、馬のEOTRHの病因として、高齢馬における切歯の全長が短くなり、歯周靭帯への負荷が増加することが挙げられており[1-3]、今回の研究における、年齢と病変ステージの有意な相関は、この仮説の裏付けになると考察されています。また、馬の歯のサンプルを用いた有限要素シミュレーション解析では、馬の切歯に対する圧迫負荷は、歯周領域で最大になることが示されており、この領域は、組織学的なEOTRH初期病変の発生部位とも一致することが報告されています[4]。これらの知見から考えると、高齢馬の切歯を定期的にX線撮影して、切歯のすり減りが早い(歯全長の短縮が早期に起きている)という個体を見つけて、歯周靭帯への負荷が少ない給餌内容に変更することで(ふやかした乾草やブランマッシュ等)、激痛を起こすEOTRHという歯科病を、未然に予防できる可能性もあるのかもしれません。

この研究では、第三切歯のほうが第一/第二よりも、重度なEOTRH病変を多く生じることが示されており、これは、EOTRHが最も外側の切歯から始まって、徐々に内側の切歯へと進行していくという臨床的な経験則を裏付けるものと言えます。この要因としては、最も外側の切歯では、他の切歯と異なり、隣接する歯からの支持作用が、片側からしか得られないため、圧迫負荷への耐久力が低いことが挙げられています。一方、上下の違いを見ると、馬のEOTRH病変は、上顎よりも下顎の切歯に好発するという知見がある一方で[3]、下顎よりも上顎の切歯に多く見られたという知見もあります[5]。今回の研究では、下顎の切歯のほうが、X線画像上の重篤な病変の割合が多いことが示されましたが、一つの潜在的な要因としては、X線撮影の手技として、下顎の切歯を真正面から撮影する(口内に入れたカセットに直角にX線を照射する)ことの難易度が高いことも挙げられています。

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Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Mar;55(2):261-269, and Equine Vet J. 2023 May;55(3):419-425.

参考文献:
[1] Staszyk C, Bienert A, Kreutzer R, et al. Equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis. Vet J. 2008 Dec;178(3):372-9.
[2] Smedley RC, Earley ET, Galloway SS, et al. Equine Odontoclastic Tooth Resorption and Hypercementosis: Histopathologic Features. Vet Pathol. 2015 Sep;52(5):903-9.
[3] Lorello O, Foster DL, Levine DG, et al. Clinical treatment and prognosis of equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis. Equine Vet J. 2016 Mar;48(2):188-94.
[4] Schrock P, Lupke M, Seifert H, et al. Finite element analysis of equine incisor teeth. Part 2: investigation of stresses and strain energy densities in the periodontal ligament and surrounding bone during tooth movement. Vet J. 2013 Dec;198(3):590-8.
[5] Henry TJ, Puchalski SM, Arzi B, et al. Radiographic evaluation in clinical practice of the types and stage of incisor tooth resorption and hypercementosis in horses. Equine Vet J. 2017 Jul;49(4):486-492.

関連記事:
・イーロス(EOTRH)の有病率と病因論
・イーロス(EOTRH)の概要と治療方針
・エコー誘導による馬の下歯槽神経ブロック
・馬の抜歯後に起こる菌血症
・馬の臼歯の抜歯治療での長期合併症
・馬の歯冠部分切除術による抜歯法
・馬の経頬壁での歯内螺子抜歯法
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このエントリーのタグ: 歯科 検査

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