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馬の浅屈腱炎における弾性率測定

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一般的に、競走馬に好発する浅屈腱炎(Superficial digital flexor tendinitis)は、腱組織の微細損傷が蓄積することで、重篤な腱線維の断裂に至ることで発症すると考えられています。しかし、馬の腱疾患の診断に汎用される超音波検査では、どうしても屈腱炎の病態が過小評価されるため、初期の病変を早期発見するには感度が十分ではないケースがあることが知られています。

このため、今回は、音響放射力インパルスによる弾性率測定(Acoustic radiation force impulse [ARFI] elastography)を用いて屈腱炎の早期診断を試みた知見を紹介します。下記の研究では、八頭の実験馬を用いて、浅屈腱にコラゲナーゼ注射することで屈腱炎を発症させて、その後の90日間にわたって、エコー機器でのARFI弾性率測定が行なわれました。

参考文献:
Bernardi NS, da Cruz ICK, Maronezi MC, Santos MM, Lera KRJL, Gasser B, Aires LPN, de Lacerda Neto JC, Canola PA, Pozzobon R, Uscategui RAR, Feliciano MAR. Applicability of ARFI elastography in detecting elasticity changes of the equine superficial digital flexor tendon with induced injury. Vet Radiol Ultrasound. 2022 Nov;63(6):790-797.

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結果としては、コラゲナーゼ注射によって生じた浅屈腱炎の所見(無エコー領域や平行な腱線維走行の損失)は、発症の3日目から30日目では、弾性率の低下(腱の軟化[=寒色])として視認され、発症の40日目から90日目では、弾性率の上昇(腱の硬化[=暖色])として視認されていました。そして、発症の3日目と15日目では、弾性率の最善カットオフ値(6.21m/s以下)を用いることで、浅屈腱炎の診断において、76%の感度と92%の特異度が達成されることが分かりました。

このため、馬の腱組織に対するエコー検査では、弾性率の低下を検知することで、浅屈腱炎を早期診断できる可能性があるという考察がなされています。また、実際の臨床症例では、浅屈腱炎の早期診断だけでなく、治癒過程を正確に継時的評価して、運動再開のタイミングを判断することも重要となります。このため、今後の研究では、浅屈腱炎が治っていく過程で、通常のエコー画像での病変が消失したあとに、弾性率の異常値をモニタリングすることで、腱組織の完治を検知できるか否かを検証する必要があると言えます。

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この研究では、ARFI弾性率測定における浅屈腱炎の診断感度は76%でしたが、これは、四頭に一頭は初期病変を見落としてしまうことを意味しています。ただ、馬の腱疾患の検査では、エコーよりも高感度で診断できる立位MRI検査があるので、ARFI弾性率測定を介して網羅的なスクリーニングをするほうが、屈腱炎の早期発見のためには有用性が高いと考えられます。そう考えると、前述のカットオフ値を再検討して、たとえ特異度が下がっても、より高い感度を得られる(=取り越し苦労の事例が増えたとしても、初期病変の見落としを最小限にするカットオフ値)という検査手法を確立させるべきだと考えられます。

一般的に、エコー機器でのARFI弾性率測定は、物質が受けた力に対する変形の程度を表す指標であり、ヒト医療では、肝臓や乳腺組織の硬度を数値化することで、肝硬変や乳ガンを早期診断する目的で用いられています。ただ、馬の運動器では、年齢や調教度合いに応じて、腱組織の硬さにおける多様性や個体差が大きいと推測されます。このため、臨床応用に際しては、左右前肢の浅屈腱を比較したり、深屈腱/遠位支持靭帯/繋靭帯など、同前肢の他の支持組織の弾性率との比率を算出することで、測定値の信頼性を向上できると考えられます。

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この研究では、馬が駐立している状態で、浅屈腱のエコー検査を行ない、ARFI弾性率の測定が実施されていました。ただ、馬の浅屈腱は、ヒトとは異なり、副靭帯(近位支持靭帯)で橈骨と連結することで、起立装置の一つとして作用しているため、駐立時の緊張度合いが高く、弾性率の僅かな低下が検知されにくい可能性があります。このため、馬の浅屈腱炎を早期診断するためには、検査肢を挙上させて、浅屈腱を弛緩させた状態で検査したり、球節を曲げ伸ばしさせて、浅屈腱が緊張と弛緩を繰り返す動きの中で、腱の硬度の変化を評価する手法が有用だと推測されます。

近年、競走馬のスポーツ医学では、初期調教の段階でインターバルトレーニングを課すなどして、損傷しにくい屈腱を作り出し、浅屈腱炎の発症リスクを未然に減らそうという試みがあります。このため、今回の研究で検証されたARFI弾性率測定を応用すれば、トレーニング期間中における腱組織の粘弾性を数値化して、その推移を監視することにより、弾性率の高い強靭な浅屈腱を構築したり、腱全長を通して均一な弾性率を得られるトレーニング手法を確立させる一助になる可能性が示唆されます。

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Photo courtesy of Vet Radiol Ultrasound. 2022 Nov;63(6):790-797; Veterinary Medicine. Arq Bras Med Vet Zootec. 72(04);Jul-Aug:2020.

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