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馬の病気:高カリウム性周期性四肢麻痺

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高カリウム性周期性四肢麻痺(Hyperkalemic periodic paralysis: HYPP)について。

骨格筋膜のナトリウムチャンネル(Skeletal muscle membrane sodium channel)にある遺伝性欠損(Inherited defect)に起因して、筋強直症(Myotonia)や四肢麻痺(Paralysis)を生じる疾患です。HYPPは、筋膜ナトリウムチャンネルのアルファ副次単位(Alpha subunit)に生じた点変位(Point mutation)による、常染色体優性形質(Autosomal dominant trait)である事が示されており、クォーターホース、ペイントホース、アパルーサ、クォーターホース混血種に発症することが知られています。

全米クォーターホース協会(American Quarter Horse Association: AQHA)は、1998年から登録馬に対する遺伝子型試験を義務付け(Mandatory genetic testing)、同種接合型個体(Homozygous)のAQHAへの登録禁止を行っています。しかし皮肉にも、HYPP遺伝子を持つクォーターホースは顕著な筋発達(Pronounced muscle development)を示して、その体格や見た目がショーホースとして好まれることから、遺伝子型試験が開始された後もHYPP羅患馬の割合(全体の約4%)はあまり変わっていない事が報告されています。

HYPPの羅患馬は、生涯にわたって無症候性(Asymptomatic)の場合から、ほぼ毎日、筋線維束性収縮(Muscle fasciculation)や虚弱性(Weakness)を示す場合まで、様々な症状発現を示します。一般的にHYPPの症状は、絶食(Fasting)、全身麻酔(General anesthesia)、鎮静(Sedation)、車両輸送(Trailer rides)、精神的ストレスなどが引き金となって発現しますが、原因が特定できないケースも多々あります。軽度なHYPPの臨床症状としては、筋線維束性収縮、強直歩様(Stiff gait)、発汗(Sweating)、筋痙攣(Muscle cramping)などが見られ、通常15~60分で症状が消失します。一方、重度の臨床症状としては、筋強直症、四肢麻痺、虚弱性、もがき反応(Struggling)、第三眼瞼の逸脱(Third eyelid prolapse)、犬座姿勢(Dog sitting posture)などが見られ、起立不能(Recumbency)に陥る場合もあります。また、同種接合型の症例において、特に症状が重篤となる事が示唆されており、稀に重篤な呼吸器閉塞症(Respiratory obstruction)から死に至る場合もあります。

HYPPの診断では、特徴的な臨床所見(Characteristic clinical sign)によって推定診断(Definitive diagnosis)が下されますが、血液検査では高カリウム血症(Hyperkalemia)(6~9 mEq/L、5~12 mmol/L)や軽度の低ナトリウム血症(Mild hyponatremia)が認められる場合もあります。症状発現中に診断が出来なかった場合には、毛根検体(Hair root sample)を用いての遺伝子型試験を依頼して、HYPP形質の確定を行うことが重要です、また、安静時の筋電図検査(Electromyographic examination)によって、異常細動電位(Abnormal fibrillation potentials)、複合反復放電(Complex repetitive discharge)、強直性電位(Myotonic potentials)等が観察される場合もあります。

HYPPの治療では、起立不能などの重篤な症状を示した症例においては、カルシウムグルコン酸(Calcium gluconate)含有のブドウ糖液(Dextrose)の静脈投与によって、細胞外カルシウム濃度(Extracellular calcium concentration)を上げて、筋膜の閾値電位(Muscle membrane threshold potentials)を上昇させる療法が有効です。また、重曹(Sodium bicarbonate)含有のブドウ糖液の静脈投与によって、カリウムの細胞内動態(Intracellular potassium movement)を促進する療法が併用される場合もあります。重度の呼吸器閉塞症を併発した症例では、緊急性気管切開術(Emergency tracheostomy)を要する場合もあります。また、筋痙攣などの軽度症状を発現し始めた段階では、曳き馬運動(Hand-walking exercise)や、少量の穀物やシロップを給餌(インシュリン介在性にカリウム動態を促すため)する事によって、重度の症状発現を抑えることが可能である事が示唆されています。

HYPPの病歴のある馬、もしくはHYPPの遺伝子形態を有する馬においては、食餌管理(Dietary management)によって発症予防をおこなうことが重要で、アルファルファ乾草、オーチャード乾草、ブローム乾草、大豆(Soybean)、糖蜜(Molasses)などの高カリウム給餌(High potassium feeding)を控え、チモシー乾草、バミューダグラス乾草、燕麦(Oats)、トウモロコシ(Corn)、小麦(Wheat)、大麦(Barley)、ビートパルプなどの低カリウム給餌に切り替えることが提唱されています。また、給餌物のミネラル含有量は季節や産地によって変動が大きいため、可能な限り飼料内容の成分検査を行って、毎日のカリウム摂取率が給餌内容の1.5%以下、カリウム総摂取量が33g以下になっている事を確かめることが推奨されています。また、AcetazolamideおよびHydrochlorothiazideの経口投与によって、HYPP発症率が抑えられる事も示唆されています。

馬主に対しては、HYPP羅患馬を繁殖に使用しないことを指導し、人馬の危険を考慮して、充分な経験者の騎乗にのみ使用するべきである事が提唱されています。また、去勢や歯科検診などの全身麻酔および鎮静を要する時には、必ず術者に患馬がHYPP遺伝子型を有することを伝えるよう指導することも重要です。

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