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乗用馬の腱鞘炎に対する腱鞘鏡手術

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一般的に、非感染性の腱鞘炎(Non-septic tenosynovitis)は、腱鞘と呼ばれる、腱組織を包んでいる袋状の滑膜組織に、細菌感染を伴わない炎症を生じる病態を指し、馬の球節〜繋ぎの後面にある指屈筋腱鞘(Digital flexor tendon sheath)に好発することが知られています。この疾患では、腱鞘壁そのものの損傷のほか、深屈腱炎、屈腱袖の裂傷、輪状靭帯炎、および、浅屈腱炎を伴うことが多く、このうち、前者2つにおいては、乗用馬での有病率が三割以上に及ぶとも言われています[1,2]。

ここでは、乗用馬の腱鞘炎に対する腱鞘鏡手術(Tenoscopic surgery)の有用性を評価した知見を紹介します。下記の症例論文では、ドイツのベルリン大学の獣医病院において、2011〜2020年にかけて、非感染性腱鞘炎に対して腱鞘鏡手術が適応された131頭(145肢)の乗用馬における、医療記録の回顧的調査が実施されました。

参考文献:
Cender AN, Mahlmann K, Ehrle A, Merle R, Pieper L, Lischer CJ. Diagnosis and outcome following tenoscopic surgery of the digital flexor tendon sheath in German sports and pleasure horses. Equine Vet J. 2023 Jan;55(1):48-58.



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乗用馬の腱鞘炎の病態

結果としては、乗用馬の腱鞘炎において認められた病態として、深屈腱炎が38%(55/145肢)、屈腱袖裂傷が30%(44/145肢)、輪状靭帯炎が68%(99/145肢)、および、浅屈腱炎が38%(55/145肢)となっていました。また、これらのうち、二つ以上の病態を併発していた腱鞘炎は75%に達した(109/145肢)ことも分かりました。このため、乗用馬の腱鞘炎におけるエコー検査や腱鞘鏡手術では、腱鞘の全域を詳細に精査して、併発病変を見逃さないことが重要だと考えられました。

なお、上写真は、腱鞘鏡の術中所見であり、屈腱袖の辺縁部の糜爛(左側)および完全断裂(右側)が確認できます。また、下写真では、浅屈腱の外側縁における縦軸裂傷(左側)および電動バーを用いて病巣掻爬している状況(右側)が示されています。

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乗用馬の腱鞘炎の診断

この研究では、深屈腱炎の診断において、エコー検査では、感度が54%で特異度が92%であったのに対して、造影X線検査では、感度が72%で特異度が53%となっていました。また、屈腱袖損傷の診断において、エコー検査では、感度が64%で特異度が92%であったのに対して、造影X線検査では、感度が89%で特異度が64%でした。

このため、腱鞘炎の諸病態を診断する際には、エコー検査のほうが特異度は高く(偽陽性が少ない)、造影X線検査のほうが感度は高い(偽陰性が少ない)ことが分かりました。つまり、腱鞘炎のルーチン検査はエコーで構わないものの、怪しい所見を精密検査する場合には、造影X線検査を併用することで、病変の見逃しを減らせることが示唆されました。また、球節を僅かに屈曲させた状態でプローブを当てることで、深/浅屈腱の辺縁や屈腱袖の損傷をエコー画像上での視認しやすくなるとも提唱されています。なお、下写真の造影X線画像では、造影剤が深屈腱の辺縁を越えて腱内部まで進入しており(白矢印)、深屈腱の縦軸裂傷を推定診断する一助になっています。

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乗用馬の腱鞘炎の治療と予後

この研究では、腱鞘炎に対する腱鞘鏡手術のあと、長期の経過追跡ができた118頭(132肢)を見ると、発症前と同程度、もしくは、より高いレベルの騎乗に復帰した馬は51%に留まる(60/118頭)ことが分かりました。それ以外は、慢性跛行が残存した馬が15%(18/118頭)で、発症前より低いレベルの騎乗にしか復帰できなかった馬が34%(40/118頭)に達していました。また、病態別に見ると、深屈腱炎を発症していた症例では、発症前と同程度/より高いレベルの騎乗に復帰した馬は37%に過ぎませんでした。一方で、浅屈腱炎を発症していた症例では、その割合は61%に上っていました。

この研究では、腱鞘鏡で確認された病態のうち、前肢と後肢での発生率を比べると、深屈腱炎は、前肢(55%)のほうが後肢(24%)よりも発生率が高いことが分かりました。ただ、浅屈腱炎の発生率は、前後肢で有意差がありませんでした。その一方で、屈腱袖損傷は、前肢(19%)よりも後肢(36%)のほうが発生率は高いことが示され、同様に、輪状靭帯炎も、前肢(55%)よりも後肢(75%)のほうが発生率は高くなっていました。

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この研究では、腱鞘鏡で確認された病態のうち、併発していた病変の組み合わせとしては、浅屈腱炎と輪状靭帯炎を併発するケースが26%と最も多く(上写真)、次いで、屈腱袖損傷と輪状靭帯炎の併発が25%となっていました。また、その他には、深屈腱炎と輪状靭帯炎の併発が16%、深屈腱炎と浅屈腱炎の併発が12%、そして、深屈腱炎と屈腱袖損傷の併発が10%となっていました。そして、病態の起こり方にも傾向が見られ、浅屈腱の損傷では、腱表面の糜爛や充血が多かったのに対して、深屈腱の損傷では、腱辺縁部の縦軸方向への裂傷(下写真)が多かったことが報告されています。

この研究では、腱鞘鏡手術が実施された時点での腱鞘炎の経過期間は、中央値で四ヶ月となっており、さらに、抗炎症剤の全身投与や腱鞘注射療法などに不応性を示して、やむなく、腱鞘鏡の適応判断が下された症例が79%に及んでいました。つまり、内科的療法で治癒しなかった重度な腱鞘炎でも、腱鞘鏡手術での外科的療法によって、半数以上の馬が完治したことが分かります。一般的に、腱鞘鏡手術では、外科的侵襲を最小限に抑えながら、腱鞘内の諸病態を掻爬・清掃できるという利点があります。また、腱鞘鏡カメラでの内診によって、エコーやX線では検知できない僅かな病変も精査できるため、正確な予後判定が可能になる、というメリットもあります。

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乗用馬の腱鞘炎に関する考察

この研究では、腱鞘炎の術前所見として、滑液増量により腱鞘が膨満していたのは71%に留まる(103/145肢)ことが分かり、また、跛行グレードの中央値は、5段階中のグレード2に過ぎませんでした。一方で、診断麻酔(低四点/六点神経ブロックまたは腱鞘ブロック)が実施された馬では、100%で跛行の改善/消失が確認されました。このため、乗用馬の腱鞘炎では、腱鞘膨満や重度な跛行が認められない症例も多いことから、診断麻酔を含めた詳細な跛行検査を実施して、腱鞘炎の発症を見落とさないことが重要だと考えられました。

この研究は、ドイツの一箇所の馬病院での調査であり、十年間で131頭もの腱鞘炎が手術適応となったこと、および、そのうち完治した馬が五割に留まったことを考えると、乗用馬の腱鞘炎を早期診断・早期治療することの重要性を再確認させるデータが示された、と言えます。一般的に、馬の腱鞘炎では、腱鞘内での癒着や輪状靭帯の肥厚・圧迫を生じると、慢性の跛行が続いて、保存療法での疼痛制御が困難になる症例が多いことが知られています。そう考えると、乗用馬の腱鞘炎を診断する時には、エコーだけでなく、造影X線による精密検査を積極的に行なって早期診断に努めることが重要になります。そして、腱鞘炎を治療する際には、腱鞘への注射療法を繰り返すよりも、腱鞘鏡でのクリーニング手術を早期に適応することで、治癒率を向上させて、長期的な治療費を抑える結果になることを認識する必要があると言えそうです。

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Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Jan;55(1):48-58.

参考文献:
[1] Wilderjans H, Boussauw B, Madder K, et al. Tenosynovitis of the digital flexor tendon sheath and annular ligament constriction syndrome caused by longitudinal tears in the deep digital flexor tendon: a clinical and surgical report of 17 cases in warmblood horses. Equine Vet J. 2003 May;35(3):270-5.
[2] Smith MR, Wright IM. Noninfected tenosynovitis of the digital flexor tendon sheath: a retrospective analysis of 76 cases. Equine Vet J. 2006 Mar;38(2):134-41.

関連記事:
・馬の浅屈腱炎における弾性率測定
・競走馬の浅屈腱炎におけるエコー検査での予後判定
・馬の腱靭帯疾患に対する乳化吸引療法
・馬の繋靭帯損傷への装蹄療法
・“次の”世代の屈腱炎の治療
・馬の病気:支持靭帯炎
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このエントリーのタグ: 腱靭帯疾患 手術 乗馬

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