fc2ブログ
RSS

馬の角膜潰瘍に対する大腿筋膜移植術

20231121_Blog_Topic301_longTrmOutcmAutlgFascLatGrftConjtvFlp_Pict1.jpg

競走馬に好発する潰瘍性角膜炎(Ulcerative keratitis)は、眼疾患全体の約半数を占めており、重篤になった場合には視力障害の原因となり、長期的な休養と治療が必要になってきます。また、日本国内の競馬では、失明馬の出走が制限されているため、経済的な側面から見ても、角膜潰瘍を適切に治療して視力を維持することが重要であると言えます[1]。

一般的に、点眼療法に不応性を示した潰瘍性角膜炎に対しては、潰瘍が深刻な深さに達して(角膜の厚みの50〜75%)、角膜穿孔を続発してしまう前に、結膜フラップによって潰瘍箇所を被包する外科的療法が適応されます。この際、重度な潰瘍病変に対しては、自家の大腿筋膜の移植術(Autologous fascia lata grafting)を併用することで、より強度の高い角膜形成ができることが報告されています。

参考文献:
Hoerdemann M, Yarbrough T. Long-term outcome of autologous fascia lata grafting with conjunctival flap overlay in horses with ulcerative keratitis and keratomalacia. Vet Surg. 2023 Oct;52(7):1032-1040.

上記の研究では、ドバイの馬の二次病院において、2008〜2020年にかけて、難治性の潰瘍性角膜炎を呈した11頭の馬に対して、結膜フラップと自家大腿筋膜移植が応用され(一時的な眼瞼閉鎖術も併用)、術後の長期的予後評価が行なわれました。この術式は、ヒトの眼科医療で開発されて、イヌの角膜潰瘍では広く適用されており、馬においても、少数の症例報告があります[2]。

参考資料:結膜フラップと自家大腿筋膜移植の詳細な術式
WILEY Full Text Article: Hoerdemann M, Yarbrough T. Long-term outcome of autologous fascia lata grafting with conjunctival flap overlay in horses with ulcerative keratitis and keratomalacia. Vet Surg. 2023 Oct;52(7):1032-1040.

20231121_Blog_Topic301_longTrmOutcmAutlgFascLatGrftConjtvFlp_Pict2.jpg

結果としては、結膜フラップと大腿筋膜移植によって、100%(11/11頭)の症例で点眼療法が不要になったことが分かり、術後の合併症として、移植片の部分脱落(2/11頭)や完全脱落(1/11頭)が少数の症例に見られたのみでした(その他に、肺炎[1/11頭]や高Ca血症[2/11頭]が見られた)。そして、長期的な経過追跡ができた馬では、殆どの症例(9/10頭)で、快適な目の状態と、完全な視覚が達成されたことが報告されており、眼球摘出を要したのは一頭のみでした(眼球瘻を続発したため)。なお、移植片のドナー箇所である大腿部は(下写真)、全頭で良好に治癒していました。

このため、難治性の馬の潰瘍性角膜炎に対しては、結膜フラップと自家大腿筋膜の移植を併用する手術によって、持続的な点眼を要することなく、角膜の良好な治癒と、眼球の温存が可能となり、更に、視力回復が達成される症例が多いことが示唆されました。今回の研究での適応症例としては、点眼療法や結膜フラップのみの手術に不応性を示した場合、角膜の厚みの75%以上に及ぶ潰瘍を呈した場合、および、角膜全層の穿孔に及んでしまった場合などが含まれましが、このうち、眼球摘出に至ってしまったのは、角膜穿孔していた一症例のみとなっていました。

20231121_Blog_Topic301_longTrmOutcmAutlgFascLatGrftConjtvFlp_Pict3.jpg

一般的に、大腿筋膜は含有細胞数が少なく、強固で平行に走行する一型コラーゲンから成り、角膜形成における堅固な被包が可能であり[3]、また、市販の移植片素材よりも安価で免疫拒絶が無く、レシピエント組織との迅速な癒合が生じることが知られています[4]。そして、角膜潰瘍に対する大腿筋膜の移植術は、ヒトやイヌに限らず、馬の症例にも適応されていますが、脈管新生の不足により癒合が不完全であったことが報告されています[2]。このため、今回の研究でも、大腿筋膜の移植箇所を、更に結膜フラップで覆うことで、移植片への血流促進が図られています(結膜フラップで瘢痕形成が増すリスクを許容しながら)。

この研究では、結膜フラップと大腿筋膜移植のあと、殆どの症例で、一時的な眼瞼閉鎖術が併用されており、移植片の剥離(下写真)を防ぐのに役立ったと考察されています。この際、眼瞼を縫合閉鎖しておくことで、移植箇所の治癒過程を視認できないデメリットはあるものの、微細損傷を防ぎ、移植片の癒合を促進し、馬の違和感が少なくなること、および、術後の点眼薬が角膜表面に長時間残ること、などのメリットのほうが価値が大きい、という考察がなされています。

20231121_Blog_Topic301_longTrmOutcmAutlgFascLatGrftConjtvFlp_Pict4.jpg

Photo courtesy of Vet Surg. 2023 Oct;52(7):1032-1040.

参考文献:
[1] 黒田泰輔. 競走馬の潰瘍性角膜炎について. -日本における競走馬医療の現状(III)-. 日獣会誌 2017;70:132-138.
[2] Lores M, Rakestraw P, De Rijck M, et al. Use of autologous fascia lata graft to repair a complex corneal ulcer in a mare. Ir Vet J. 2020 May 5;73:7.
[3] Arnold GA, Mathews KG, Roe S, et al. Biomechanical comparison of four soft tissue replacement materials: an in vitro evaluation of single and multilaminate porcine small intestinal submucosa, canine fascia lata, and polypropylene mesh. Vet Surg. 2009 Oct;38(7):834-44.
[4] Bongartz A, Carofiglio F, Balligand M, et al. Use of autogenous fascia lata graft for perineal herniorrhaphy in dogs. Vet Surg. 2005 Jul-Aug;34(4):405-13.


関連記事:
・馬の飼養管理方針と眼科病との関連性
・馬の角膜潰瘍に対する多血小板血漿療法
・馬の角膜潰瘍に対する自家血漿療法
・高齢馬での眼科疾患の発症傾向
・馬の診療:馬の瞼板縫合術
・馬の診療:馬の結膜フラップについて
・馬の診療:馬の眼瞼裂傷の縫合法
・馬の診療:馬の眼瞼下洗浄システムの設置方法
・馬の診療:馬の眼瞼の局所麻酔法
・馬の月盲をスマホアプリで診断?
・失明した馬の管理法
関連記事
このエントリーのタグ: 眼科 手術

プロフィール

Rowdy Pony

Author:Rowdy Pony
名前: 石原章和
性別: 男性
年齢: アラフィフ
住所: 北関東
職業: 獣医師・獣医学博士
叩けよ、さらば開かれん!

質問、御意見、記事の要望等は下記まで
E-mail: rowdyponies@gmail.com

最新記事

ブログメニュー

馬の話題カテゴリー

馬の病気の話題
・蹄葉炎, 切腱術
・ナビキュラー症候群
・蹄病一般, 装蹄
・腱靭帯疾患
・背部/腰部/仙腸部疾患
・プアパフォーマンス
・消化器疾患一般
・胃潰瘍
・虚血再灌流障害
・呼吸器の医療
・神経疾患, 神経学検査
・クッシング病
・繁殖疾患と繁殖学
・皮膚病の医療
・眼科疾患, 眼科治療
・歯科疾患, 歯科治療
・寄生虫病
・高齢馬の医療
・子馬の病気や管理法
・子馬/若齢馬の長期的影響
・突然死
・症例シリーズ

馬の医療の話題
・疝痛の検査
・経鼻チューブ
・腹水検査
・疝痛の予防
・疝痛の手術判断と予後予測
・開腹術の手技や合併症
・疝痛の外科的処置
・疝痛の獣医療での地域差
・跛行検査, 画像診断
・関節鏡
・去勢, 泌尿生殖器
・抗生物質
・局所肢灌流
・COX-2限定阻害薬
・破骨細胞抑制剤
・ショックウェーブ
・パーグ治療
・馬のハンドリング, 投薬
・バイオマーカー
・麻酔
・整形外科
・キャスト, ピンキャスト
・再生医療
・先端医療
・良い死(Euthanasia)
・馬の獣医療一般

馬の一般的話題
・馬の飼養管理一般
・飼養管理での病気/怪我の予防
・馬学一般
・ウマ社会の話題
・獣医学一般, 日常
・馬の飼料
・跛行と運動
・調馬索
・サク癖
・馬の行動学や悪癖
・ハミや馬具
・輸送
・怪我や事故の予防,対処法
・ホースマンの怪我と事故
・競馬での事故死や骨折
・馬とヒト, 伝染病, 馬動物学

馬の診療シリーズ

サイト内タグ一覧

FC2カウンター

リンク

カレンダー

03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

推薦図書

月別アーカイブ

お断わり

20130414_Blog_Message_Pict1.jpg
このサイトに掲載されているイラスト、画像、文章は、すべて管理主自身が作成したもの、もしくは、著作権フリーの素材リンクから転載したものです。

カテゴリ

全記事表示リンク

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
27位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
自然科学
2位
アクセスランキングを見る>>

FC2ブログランキング

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

QRコード

QR