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馬のヘルペス脳炎に対するヤヌスキナーゼ阻害薬

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一般的に、馬ヘルペスウイルス(Equine herpesvirus: EHV)は、馬鼻肺炎の原因ウイルスで、呼吸器症状や流産を起こします。また、一型ウイルス(EHV-1)では、馬ヘルペス脳炎(Equine herpesvirus myeloencephalopathy)と呼ばれる、致死率の高い神経症状を呈することがあり、近年では、この疾患が欧州諸国でエピデミックを起こしたことで、馬の獣医療における重要性が高まってきました。通常、ヘルペスウイルスが中枢神経に感染・増幅すると、サイトカイン遊離とリンパ球/NK細胞の集積を生じて、血栓症、虚血症、低酸素症などを続発して、神経細胞の損傷に至ります。

現在では、EHV-1に対する直接的な抗ウイルス製剤は無いため、馬ヘルペス脳炎の罹患馬に対しては、抗炎症剤の投与によって、神経組織の炎症反応を軽減させる療法が試みられています。一方、ヒト医療では、ヤヌスキナーゼ阻害薬(Janus kinase [JAK] inhibitor)と呼ばれる分子標的薬によって、サイトカインを抑制して、炎症病態の制御を図るという抗炎症療法が実施されており、リウマチ、アトピー性皮膚炎、大腸炎などの治療に応用されています。さらに、近年では、JAK阻害薬がウイルス性疾患にも有用であることが示唆されており、HIV、脳炎、新型コロナ等におけるウイルス増幅を抑えることが報告されています。

参考文献:
Black JB, Frampton AR. Anti-inflammatory compounds reduce equine herpesvirus type 1 replication and cell-to-cell spread. Front Vet Sci. 2023 May 19;10:1165917.

ここでは、馬ヘルペス脳炎に対するJAK阻害剤の効能を、体外実験で検証した知見を紹介します。上記の研究では、馬の内皮細胞を培養した後、JAK阻害剤(AG490, Y27632)、ステロイド系抗炎症剤(デキサメサゾン)、非ステロイド系抗炎症剤(フルニキシン、フィルコキシブ、ケトプロフェン、フェニルブタゾン)、及び、DMSOを作用させてから、四種類のEHV-1(神経型が二種類[T953, T967]と非神経型が二種類[T220, KyA])を感染させて、プラーク形成単位(pfu)の計測によるウイルス感染価の評価が行なわれました。

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結果としては、馬の培養細胞におけるEHV-1の増幅は、JAK阻害薬、フルニキシン、デキサメサゾンによって有意に抑制されることが示されました(上図)。この作用は、二種類の神経型EHV-1、および、二種類の非神経型EHV-1では、類似の傾向で認められました。一方、馬の培養細胞におけるEHV-1の細胞間での伝搬は、JAK阻害薬とフルニキシンによって有意に抑制されることが示されました。なお、JAK阻害薬のうちでは、AG490のみがウイルス抑制を示していました。

このため、馬のEHV-1に対しては、JAK阻害薬によって、ウイルスの増幅や細胞間伝搬を抑制できるという基礎データが示されたことから、今後は、実馬を用いた実験によって、実際に、EHV-1によるヘルペス脳炎の予防および治療効果が得られるかを検証する必要があると言えます。なお、上図の記号は以下を示しています。T967:神経型EHV-1、KyA:非神経型EHV-1、DMSO:ジメチルスルフォキシド、AG490:JAK阻害薬FM:フルニキシンメグルミン、Y27632:JAK阻害薬、Dex:デキサメサゾン、Firo:フィロコキシブ、Keto:ケトプロフェン、PB:フェニルブタゾン、pfu:プラーク形成単位。

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一般的に、JAK阻害薬による抗炎症作用は、ステロイド系および非ステロイド系の抗炎症剤よりも副作用が少ないと考えられており、馬においても、皮膚炎等の一部の疾患に対して臨床応用が始まっています(馬のIBHに対するオクラシチニブ投与、下記リンク参照)。しかし、現時点では、実馬において、従来薬との相対的な効能が評価されていないという問題があり、また、JAK阻害薬を馬に用いることの高額費用の問題や、長期的な副作用(免疫抑制による易感染性など)についても検証が不十分である等の課題が多いと言えます。

Photo courtesy of Front Vet Sci. 2023 May 19;10:1165917.

参考記事:
・馬の昆虫刺咬性過敏症:オクラシチニブ投与


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このエントリーのタグ: 神経器病 薬物療法

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