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馬の経鼻チューブ処置のための教育用模型

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一般的に、馬は、嘔吐が殆ど出来ない動物であるため、経鼻チューブで胃へとアクセスすることは、馬の消化器疾患の診察において非常に重要になります。しかし、馬の飼養頭数の多い欧米諸国の獣医大学ですら、卒業前の獣医学生が、実馬を使って経鼻チューブ処置の練習をするのは難しいと言われています。何故なら、経鼻チューブを挿入する作業では、鼻腔・食道・胃の粘膜に負担を掛けるだけでなく、稀にではありますが、手技のミスから鼻出血や誤嚥性気管支炎などを生じて、教育用馬のウェルフェアの問題を起こす可能性がゼロではないからです。

参考文献:
Prutton AM, Lenaghan HAH, Baillie S. Evaluation of an Equine Nasogastric Intubation Model for Training Veterinary Students. J Vet Med Educ. 2023 Feb 21:e20220127. doi: 10.3138/jvme-2022-0127. Online ahead of print.

そこで、英国のサリー大学の獣医学科では、馬の経鼻チューブ処置の教育用模型が開発されており、その有用性について研究報告されています。上記の研究では、独自に開発した教育用模型を、32人の馬の臨床医が評価したところ、この模型が、実馬に近く、手技の教育に役立ち、かつ、技量向上のフィードバックを得るのに有用であると結論付けられています。そして、実際に、83人の獣医学生に対して、この教育用模型を用いた経鼻チューブの練習を実施した結果、練習前に比較して、手技の実施に自信を持てるレベルが向上したと述べられており、獣医学生の意見として、実馬に実施する前に、安全な環境で経鼻チューブ処置の練習が出来たことに感謝をされたことが報告されています。

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このため、馬における教育用模型を使った実習によって、経鼻チューブ処置の手技習得を向上させる効果が期待されることが示唆されました。今回の模型は、馬の頭部と頚部、および、その後部に設置されたバケツ(胃内容を再現)から成っており、鼻孔→喉頭→食道→胃へのチューブの挿入プロセスだけでなく、サイフォン原理を用いて、胃内容液を排出させるプロセスを練習できるのが特徴となっています。しかし、模型による経鼻チューブ処置では、当然ながら、馬の嚥下動作や食道の分節運動などの動的な要素は体感できず、また、食道内腔でのチューブを通過させる感触も忠実には再現しにくい、という限界点があると推測されます。

一般的に、馬の経鼻チューブを胃内まで到達させる過程においては、①鼻道腹側にチューブを通過させる、②嚥下動作に合わせてチューブを食道内に進入させる、③吸引陰圧や頚部視認によりチューブが食道内にあるのを確認する、④チューブが曲がったりキンクしないよう食道内を押し進める、⑤噴門を通過させた後にチューブを通して胃内のガスや液体を採取及び評価する、などが重要なポイントになります。このうち、②は、模型で再現するのは非常に難しく、③や④についても、実馬と同様な感触や状態を模型で実践するには難易度が高いと言えます。さらに、実馬を使った実習では、馬のハンドリングや保定などを併行して学べる利点もあります。

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そう考えると、今後の研究において、馬の教育用模型の有用性を評価する際には、模型によって実馬を完全に置き換えることを最終目標にするのではなく、模型での練習後における実馬での練習において、練習の必要回数や、失敗する確率を減らせるかを検証する必要があると考えられます。例えば、模型で練習した場合と、していない場合とで、その後に、実馬での経鼻チューブの実習を行なって、鼻腔や食道の粘膜のダメージを評価したり(内視鏡検査など)、鼻出血や気管への誤挿管が発生した回数を比較する、などの検証法が有益だと考えられます。今回の研究に限らず、いま現在、市販されている多様な教育用模型においても(採血、筋注、直腸検査など)、同様な検証をして、有用性を評価していくべきだと言えそうです。

一般的に言って、獣医療の練習のために、健康な動物のウェルフェアが損なわれることは避けなければいけませんが、模型での練習に限定した結果として、手技習得が不完全となり、病気の動物を診療する段階になって、患畜の健康と福祉が向上できない、という結末も好ましくありません。この課題を解決するには、最善のバランスを図っていく努力を続けていくしかありません。馬の経鼻チューブ処置においても、仮に、実馬でないと練習できない要素があるとしても(馬の嚥下に合わせてタイミング良くチューブを押し込む等)、模型での練習後に実馬で実践することで、実馬への負担を減らすことが出来れば、それこそが、教育用模型の有用性になるのかもしれません。

Photo courtesy of J Vet Med Educ. 2023 Feb 21:e20220127.

参考動画:Equine Training, Nasogastric Intubation (AnimalCareTV)


関連記事:
・馬の経鼻チューブ処置による副鼻腔炎
・経鼻チューブの太さと胃液逆流の関係性
・馬の経鼻チューブ処置による獣医師の安全性
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このエントリーのタグ: 疝痛 学術

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