fc2ブログ
RSS

切歯の無い馬における給餌法

20231017_Blog_HC117_FeedingEOTRHHorse_Pict1.jpg

一般的に、ウマ破歯細胞性歯再吸収及びセメント質肥大症(EOTRH: Equine odontoclastic tooth resorption and hypercementosis)は、特に15歳以上の高齢馬にとって厄介な病気になります。この歯科病が初めて報告されたのは2008年でしたが、おそらくEOTRHはそれ以前から存在していた筈です。ただし、直近の10年間で、馬の歯科ケアの重要性が高まるにつれて、獣医師たちはこの病気に気付くようになってきました。

EOTRHの病態としては、切歯または犬歯の吸収または崩壊、歯根を含む周囲組織のセメント質肥大を含みます。EOTRHの病因としては、損傷を受けた歯を安定させようとして、歯の表面を構成するエナメルとともにセメント質が過剰に生成されることが挙げられます。EOTRHが深刻になった馬では、罹患歯を外科的に摘出して、痛み、歯周病からの感染、および、炎症を緩和することになります。

参考資料:
Kristen M Janicki. Feeding the EOTRH Horse. The Horse: Oct 21st, 2023.

20231017_Blog_HC117_FeedingEOTRHHorse_Pict2.jpg



EOTRHと飼料との関連性

現時点では、EOTRHの罹患馬において、過剰なセメント質形成を引き起こす要因は解明されていません。ただ、ヒト医療での知見によれば、過剰セメント質形成に関連する要因には、歯根の機能的なストレスと炎症が含まれています。歯を上下顎骨に固定している歯槽靭帯は、加齢によって緩んで、咀嚼時に生じる歪みに対して弱くなるため、EOTRHを発症する可能性があります。ただ、EOTRHを発症する全ての馬が高齢という訳ではなく、飼養環境やサク癖を含む他の要因も、発症の一因になり得ると言われています。

2013年、アリゾナ州の馬歯科医院のアン・ペアソン獣医師は、潜在的なEOTRHの危険因子を探すために、12年間の診療記録を詳細に調査しました。その結果、EOTRHの要因には、過剰な歯科処置、歯周病、下垂体中葉機能異常(いわゆるクッシング病)、馬メタボリック症候群などが含まれていましたが、驚くべきことに、年齢は危険因子になっていませんでした。また、ペアソン獣医師は、主にアルファルファを給餌されている馬(牧草や混合飼料よりも咀嚼時間が少ない)、および、牧草地にアクセスできない馬は、EOTRHを発症する可能性が高いことも突き止めています。

ペアソン獣医師によれば、咀嚼時間の不足と頭部の高さの違いにより、唾液で歯と歯肉が洗い流される度合いや時間が減少する、と述べています。通常、唾液は飼料片を除去して、歯の隙間に蓄積されるのを防ぎ、歯肉の炎症および歯周病につながるのを防ぐ効果があると言われています。

20231017_Blog_HC117_FeedingEOTRHHorse_Pict3.jpg



EOTRHによる摂食への影響

EOTRHによる痛みは、摂食能力と食欲に深刻な影響を与えます。そのため、定期的に飼い食いが落ちたり、体重が減ったり、摂食時に切歯を使用しなくなる可能性があります。問題は、EOTRHが発症または進行するのに時間が掛かることにあり、馬が外見的な臨床徴候を示す前に、病気が進行しているという可能性があるのです。

コロラド州立大学のジェニファー・ローリンソン博士によれば、EOTRHの罹患馬のなかにも、セメント質の過剰生成が主で、吸収病変が殆ど無い初期ステージの馬や、明らかな疼痛の徴候が見られない馬もいると述べています。一方、ペアソン獣医師は、通常の歯科検診において、歯肉の発赤、歯の変位、歯根部の膨隆などの、明白な臨床徴候が視認されるケースも多いと言われています。

ペンシルベニア大学の研究者による2015年の回顧的調査では、EOTRHが原因となって入院した全ての馬が、進行した歯周病を患っていたにも関わらず、殆ど馬が健常な歯科スコア(Hennekeスケールで9点満点の4~6)を有しており、病的状態を示唆する3未満のスコアをつけた馬は、僅か27%に過ぎなかったことが報告されています。

20231017_Blog_HC117_FeedingEOTRHHorse_Pict4.jpg



EOTRH罹患馬への給餌

意外かもしれませんが、EOTRHに罹患して、切歯を抜いた馬に対しては、健常な馬と同様の飼料を給餌することが可能です。通常は、抜歯後の最初の12時間はマッシュ飼いを与えて、その後に、水でふやかした乾草/ペレット/キューブなどが給餌されます。ただ、抜歯箇所の感染など、重篤な病態を呈した場合には、抜歯した穴に詰まるような細かい粒子の飼料は避けることが推奨されています。

また、抜歯をした多くの獣医師は、馬の口腔を毎日、水ですすぐ処置を指示しています。その結果、殆どの馬では、抜歯の二ヶ月後には、通常どおりの乾草と濃厚飼料を給餌できるようになりますが、複数の歯を抜いた場合には、更に、6~8週間の制限放牧が選択されることもあります。

2015年の論文を見ると、EOTRHが診断された馬のオーナーに対して抜歯後の聞き取り調査が行なわれ、72%の馬が抜歯後に通常どおりの給餌内容に戻っており、抜歯後の3~18ヶ月以内に体格スコアが向上したことが明らかになりました。ただ、患馬の栄養を十分に確保するために、バランスの取れたペレットを飼料の主体とすることも推奨されています。

20231017_Blog_HC117_FeedingEOTRHHorse_Pict5.jpg



EOTRH罹患馬を放牧する

切歯のない馬の中には、唇で牧草をつかんで千切るのが上手になる馬もいますが、一般的には、切歯の無い馬は、背丈の低い牧草を食するのに苦労すると言われています。したがって、使い込まれた放牧地や、短く刈り込まれた放牧地においては、牧草の摂食が困難になってしまうケースもあると考えられます。

放牧飼いは、精神的および身体的に言って、馬にとって有益ですが、切歯の無い馬にとっては、牧草が主要な栄養源になっているとは考えない方が良いと言えます。切歯を欠損しているEOTRHの馬には、消化しやすい飼料によって繊維質を提供することが、腸管を良い状態に保つのに役立つと言われています。例えば、繊維質の少ないペレットや、高齢馬用の飼料も、体調の悪い馬のためには有用です。他の選択肢としては、ヘイレージなどの発酵飼料を与えることも考えられますが、喉詰まりや便秘疝の病歴がない限りは、やはり、牧草や乾草を飼料の主体とするのが良いと考えられます。

もう一つ、切歯のない馬(もしくは、切歯が擦り減ってしまったサク癖馬)において、牧草が短い場合には、放牧地にヘイキューブをばら撒くことで、馬がそれを歩き回りながら食べるようにする、という方法もあります。ヘイキューブは、切歯が無くても十分に拾いやすく、臼歯が普通に機能していれば、それをかみ砕くことは問題無いと考えられるからです。

20231017_Blog_HC117_FeedingEOTRHHorse_Pict6.jpg



前歯の無い馬への給餌法において重要なこと

現時点では、EOTRHの病因論や、なぜ高齢馬に好発するのかは解明されていませんが、病気を管理する上では、早期診断が重要であることは明らかです。そして、馬がEOTRHを発症した場合の最良の対策は、罹患した切歯を外科的に摘出することになります。また、抜歯後の定期的な歯科検査では、抜歯した歯と向かい合う切歯は伸びやすくなることから、それらの歯の状態に十分に注意を払うことが重要だと言えます。

EOTRHの罹患馬における抜歯後には、その馬は放牧飼いできますが、牧草だけでは一日の必要栄養量を満たすのに十分な飼料を摂食できない可能性があります。このため、切歯が無くなった馬に対しては、咀嚼しやすく、消化しやすい代替の飼料源を給餌することが推奨されます。そう考えると、此処の馬の体重や体格の推移を慎重に監視して、最良の給餌内容や給餌法をオーダーメイドしてあげることが大切だと言えそうです。

20231017_Blog_HC117_FeedingEOTRHHorse_Pict7.jpg

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.

関連記事:
・フリーバーン厩舎では馬の疝痛が少ない?
・疝痛馬を曳き馬するときの注意点
・冬でも馬に飲水させる7つの対策
・秋の疝痛を防ぐ7つの対策
・馬の喉詰まりを予防する10個の対策
・乾草を先に与えて疝痛予防
・馬のお腹に溜まった砂を出そう
・馬のスローフィーダー:お勧め5選
・疝痛の治療や予防に関する33個の注意事項
関連記事
このエントリーのタグ: 飼養管理 歯科

プロフィール

Rowdy Pony

Author:Rowdy Pony
名前: 石原章和
性別: 男性
年齢: アラフィフ
住所: 北関東
職業: 獣医師・獣医学博士
叩けよ、さらば開かれん!

質問、御意見、記事の要望等は下記まで
E-mail: rowdyponies@gmail.com

最新記事

ブログメニュー

馬の話題カテゴリー

馬の病気の話題
・蹄葉炎, 切腱術
・ナビキュラー症候群
・蹄病一般, 装蹄
・腱靭帯疾患
・背部/腰部/仙腸部疾患
・プアパフォーマンス
・消化器疾患一般
・胃潰瘍
・虚血再灌流障害
・呼吸器の医療
・神経疾患, 神経学検査
・クッシング病
・繁殖疾患と繁殖学
・皮膚病の医療
・眼科疾患, 眼科治療
・歯科疾患, 歯科治療
・寄生虫病
・高齢馬の医療
・子馬の病気や管理法
・子馬/若齢馬の長期的影響
・突然死
・症例シリーズ

馬の医療の話題
・疝痛の検査
・経鼻チューブ
・腹水検査
・疝痛の予防
・疝痛の手術判断と予後予測
・開腹術の手技や合併症
・疝痛の外科的処置
・疝痛の獣医療での地域差
・跛行検査, 画像診断
・関節鏡
・去勢, 泌尿生殖器
・抗生物質
・局所肢灌流
・COX-2限定阻害薬
・破骨細胞抑制剤
・ショックウェーブ
・パーグ治療
・馬のハンドリング, 投薬
・バイオマーカー
・麻酔
・整形外科
・キャスト, ピンキャスト
・再生医療
・先端医療
・良い死(Euthanasia)
・馬の獣医療一般

馬の一般的話題
・馬の飼養管理一般
・飼養管理での病気/怪我の予防
・馬学一般
・ウマ社会の話題
・獣医学一般, 日常
・馬の飼料
・跛行と運動
・調馬索
・サク癖
・馬の行動学や悪癖
・ハミや馬具
・輸送
・怪我や事故の予防,対処法
・ホースマンの怪我と事故
・競馬での事故死や骨折
・馬とヒト, 伝染病, 馬動物学

馬の診療シリーズ

サイト内タグ一覧

FC2カウンター

リンク

カレンダー

03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

推薦図書

月別アーカイブ

お断わり

20130414_Blog_Message_Pict1.jpg
このサイトに掲載されているイラスト、画像、文章は、すべて管理主自身が作成したもの、もしくは、著作権フリーの素材リンクから転載したものです。

カテゴリ

全記事表示リンク

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
27位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
自然科学
2位
アクセスランキングを見る>>

FC2ブログランキング

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

QRコード

QR