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疝痛の獣医療での地域差:インドネシア

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馬の疝痛では、各地域で飼養されている馬の品種や年齢、用途、飼養形態などの要因に起因して、発症状況や医療ケアの方針に関して地域差が生まれると考えられます。そして、どの要因が、どのような地域差に繋がるのかを知ることで、海外の知見を日本での馬の獣医療に応用する際に、どのエビデンスを重視するか、または、重視するべきではないのかを推測するのに役立つと言えます。

ここでは、東南アジアのインドネシアにおける、馬の疝痛の獣医療に関する知見を紹介します。この研究では、インドネシアのラモンガン県において、2020~2022年にかけて、疝痛症状を呈した217頭、および、健常馬39頭における医療記録の回顧的調査と、オッズ比(OR)の算出による危険因子の解析が行なわれました。

参考文献:
Fikri F, Hendrawan D, Wicaksono AP, Purnomo A, Khairani S, Chhetri S, Maslamama ST, Purnama MTE. Incidence, risk factors, and therapeutic management of equine colic in Lamongan, Indonesia. Vet World. 2023;16(7):1408-1414.

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この研究では、健常馬と疝痛馬の飼養状況や個体情報などを比較したところ、複数の危険因子が確認されました(下表)。このうち、疝痛馬の性別を見ると、オス馬(77%)のほうがメス馬(23%)より多くなっており、後者のほうが疝痛を発症するリスクが1/4まで低くなる(OR=0.25)ことが分かりました。この理由としては、今回の調査地域での馬の用途として、オス馬は輸送用馬や農耕馬が殆どである一方、メス馬は繁殖用に飼養されていることが挙げられており、オス馬における過労や飼養管理の問題が疝痛の病因になった、という可能性が示唆されています。

この研究では、フスマが給餌されている馬の割合は、健常馬(87%)よりも疝痛馬(53%)のほうが低く、また、濃厚飼料が充分に給餌されている馬の割合も(給餌量が一日あたり>5kg以上)、健常馬(100%)よりも疝痛馬(59%)のほうが低いことが分かりました。その結果、フスマ給餌により、疝痛の発症リスクが1/6程度まで下がる(OR=0.17)ことも示されています。さらに、削痩している馬の割合は、健常馬(10%)よりも疝痛馬(79%)のほうが高くなっていました。これらも、前述の性別要因と同様に、給餌される飼料の栄養不足によって削痩していることが、疝痛の病因になったものと推測されました。

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この研究では、駆虫剤が投与されている馬の割合は、健常馬(100%)よりも疝痛馬(30%)のほうが低いことが分かり、また、それに関連して、寄生虫が感染していた馬の割合も、健常馬(0%)よりも疝痛馬(70%)のほうが高いことも示されています。また、歯科病を患っていた馬の割合を見ても、健常馬(0%)よりも疝痛馬(19%)のほうが高くなっていました。このため、定期的な駆虫や歯科処置によって疝痛の発症を予防できるという、馬の飼養管理の基本事項を再確認されるデータが示されたと言えます。

この研究では、飼養管理の方針を見ると、一日3回以上の給水が行なわれていた馬の割合は、健常馬(92%)よりも疝痛馬(10%)のほうが低いことが分かりました。このため、十分な給水を実施することで、馬体の脱水、食滞、および、発酵異常を防いで、疝痛の発症を予防することに繋がることが再確認されたと言えます。また、疝痛の前歴があった馬の割合は、健常馬(23%)よりも疝痛馬(90%)のほうが明瞭に高いことが示されており、疝痛を発症した馬に対する予防対策が充分ではなく、回帰性に疝痛を発症しているケースがあるという状況が伺えます。

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今回の研究は、発展途上国での飼養馬における疝痛リスクを評価したものであり、日本での馬飼養とは相容れない要素も多いと考えられますが、適切な給餌や給水によって脱水や削痩を防ぐこと、および、駆虫や歯科ケアなどの基本的な飼養管理を実施することが、疝痛の発症予防のために重要であることを再認識させられる知見であると言えそうです。なお、上表での危険因子の解析では、オッズ比が算出できない因子も複数認められており、健常馬のサンプル数を増やすことで(通常、対照群は罹患群の同数から二倍以上が望ましい)、より適切な統計解析が実施できたと推測されます(比較する群内にゼロの要素があるとOR算出困難となってしまうため)。

この研究では、217頭の疝痛馬での診断名としては、痙攣疝("Spasmodic colic")が79.3%と最も多いことが示され、次いで、便秘疝が15.2%、変位疝が5.5%となっていました。また、疝痛馬における疼痛の徴候としては、前掻き(87%)、膁部見返り(82%)、腹部を蹴る(66%)、フレーメン(93%)、転げ回る(76%)などが含まれました。さらに、他の疝痛症状としては、頻脈(55%)、排便停滞(60%)、腸蠕動音の減退(53%)、口腔粘膜の充血(91%)、発熱(89%)、腹囲膨満(18%)、重度発汗(94%)、重度脱水(12%)、多尿(88%)、下痢症(24%)などが挙げられました。

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この研究では、疝痛の診断手法については言及されていませんでしたが、小腸疾患と大腸疾患が分別されておらず、変位疝の具体的な疾患名も記述されていなかったことから、腹部エコー検査や直腸検査などは適応されていないケースが多かったと推測されます。また、診断名の約八割が痙攣疝であったにも関わらず、転げ回るほどの重度な疝痛症状を示した馬が3/4以上に及んでいたことから、もし、エコー検査等の診断手法が用いられていたら、より深刻な病態が発見されていた症例もあったと考えられました。

この研究では、疝痛馬への治療内容としては、非ステロイド系抗炎症剤(NSAID)の投与(100%)、補液療法(100%)、経鼻カテーテル療法(97%)、ビタミンB製剤投与(95%)などが含まれました。また、NSAIDの選択薬としては、フルニキシン(93%)が最も多く、次いで、フェニルブタゾン(6%)、ケトプロフェン(1%)となっていました。更に、NSAIDのみが投与された症例は55%であり、NSAIDとオピオイドの併用が44%で、NSAIDと鎮痙剤の併用が1%でした。なお、地域的な限界性から、開腹術による外科的療法は実施されていませんでした。

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この研究では、疝痛の罹患馬で死亡したのは五頭であり、生存率は97.6%(212/217頭)となっていました。このうち、NSAIDと他薬が併用された馬の割合は、生存馬(44%)のほうが非生存馬(20%)よりも高く、この治療により、死亡リスクを七割近くも減少できる(OR=0.31)ことが示されました。また、経鼻カテーテル療法が実施された馬の割合は、生存馬(99%)のほうが非生存馬(0%)よりも高く、死亡リスクを有意に減少できることも示されました(ORは算出不可)。更に、ビタミンB製剤が投与された馬の割合は、生存馬(96%)のほうが非生存馬(40%)よりも高く、この治療により、死亡リスクを九割以上も減少できる(OR=0.03)というデータも示されています。

今回の研究では、開腹術が選択肢に無く、内科的療法のみしか実施できない地域性でしたが、疝痛馬の死亡率は3%以下に留まっており、かなり良好な予後が達成されたことが示唆されました。この理由については、具体的には結論付けられていませんでしたが、輸送や農耕に使役されていたオス馬(疝痛馬の約3/4)では、少数で飼養されているケースが多くなり、その結果、疝痛の早期発見と早期治療に繋がったという可能性があります。なお、この論文の考察のなかでは、NSAIDとオピオイドの併用、および、経鼻カテーテル治療が、疝痛馬の生存率向上に大きく寄与したと結論付けられていますが、今回の研究では、死亡した五頭における剖検結果は報告されておらず、治療法の選択と生存率との因果関係を推測するのは難しいと言えます。

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