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馬の滑膜侵襲における通常X線検査の有用性

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一般的に、馬が四肢に外傷を負ったときに、滑膜組織(関節、腱鞘、滑液嚢など)に侵襲が及んでしまうと、難治性の細菌性滑膜炎を続発して、予後不良になる危険性が高いことが知られています。このため、特に関節や腱鞘に近い箇所に切り傷を負った馬においては、その外傷が滑膜侵襲を伴っているか否かを、初診の段階で確定診断しておくのが極めて重要となります。たとえ、見た目が小さなキズでも、それが深部に及んで、関節腔や腱鞘に達していた場合には、緊急の滑膜洗浄処置と、抗生物質の滑膜内投与を要するためです。

通常、滑膜に近い箇所の外傷を検査する場合、キズから遠い位置から滑膜腔を針穿刺して、滅菌生食を注入して関節包や腱鞘を膨満させ、その生食が傷口から漏出してくるのを視認することで(滑膜の漏れ試験)、滑膜侵襲の診断が下されます。ただ、この手法では、滑膜への穿孔部が小さく、漏出する生食が微量の場合には、肉眼的にそれを確認するのが困難なケースもあります。ここでは、通常のX線検査によって、馬の四肢の外傷が滑膜侵襲しているか否かを判断できるかを評価した知見を紹介します。

参考文献:
Michotte M, Raes E, Oosterlinck M. Diagnostic accuracy of plain radiography to identify synovial penetration in horses with traumatic limb wounds. Equine Vet J. 2024 Jan 10. doi: 10.1111/evj.14050. Online ahead of print.

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上記の研究では、ベルギーのゲント大学の獣医病院において、2011〜2021年にかけて、滑膜組織(関節包、腱鞘、滑液嚢等)に近接した領域に外傷を起こした症例(滑膜侵襲有りが141頭で、滑膜侵襲無しが75頭)におけるX線検査の所見が解析されました。なお、X線画像上での滑膜侵襲の有無は、滑膜組織内への空気の迷入(上写真)、または、創口から挿入した金属製プローブが滑液組織内に到達している所見(下写真)により推定診断されていました。

結果としては、通常X線による滑膜侵襲の診断では、感度が61%、特異度が81%で、陽性的中率は86%、陰性的中率は53%となっていました。一方で、金属製プローブを用いたX線検査による滑膜侵襲の診断では、感度が54%、特異度が88%で、陽性的中率は93%、陰性的中率は41%となっていました。なお、今回の研究では、滑膜侵襲の確定診断は、滑液検査や外科的手術の結果から下されていました。

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このため、滑膜付近に外傷を負った馬において、通常X線画像で滑膜内に空気混入していた場合には、滑膜侵襲が起こっている可能性が高いものの、一方で、滑膜内への空気混入が見られない所見のみで、滑膜侵襲が起きていないと判断するのは適切ではないと結論付けられています。この研究は、外傷が滑膜侵襲していないことを確認するには、滑膜の漏れ試験での陰性を確認することが重要である、という従来の知見を再確認させるデータであると言えます。ただ、X線画像で空気混入が視認されれば、漏れ試験に時間を費やさなくても、滑膜侵襲していると即座に判断して、治療を開始できるという点を再認識させる知見とも言えそうです。

この研究では、プローブ挿入試験によって、滑膜侵襲の陽性的中率が上昇する(86%→93%)ことも示されています(創口から金属製プローブを装入して、それが滑膜組織内に達していないことをX線画像上で確認するという手法)。ただ、これを行なうことで、創口に侵入していた砂粒や埃が、プローブ操作によって滑膜内に押し込まれて、滑膜汚染を更に悪化させてしまうリスクがあり、また、この手法により陰性的中率はむしろ低下している(53%→41%)ことから、その実施には賛否両論がありそうです。

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一般的に、馬の滑膜侵襲により細菌性の関節炎や腱鞘炎を続発すると、死亡率が悪化するのみならず、治癒した場合にも、競技/競走能力の低下を招くことが多いため、初診時での滑膜侵襲の除外診断には、高い信頼性(ほぼ100%の特異度と陰性的中率)が求められます。このため、今回の研究での81〜88%という「かなり低い」特異度を見るかぎり、通常のX線検査以外の診断手法を併用することが重要である、ということを再認識すべきであると考えられます。なお、滑膜付近の外傷では、滑膜の漏れ試験に加えて、造影剤を用いたX線検査によっても、滑膜侵襲の診断能を向上できることが知られています。

一般的に、外傷が滑膜内に穿孔しているにも関わらず、空気が迷入していなかったというケースでは、その理由として、外傷のサイズが小さかった、滑液組織が大きくて気泡が視認しにくかった(後膝など)、滑液増量により内圧が上がっていた、外傷が皮膚に対して斜めに生じていて空気が入りにくかった、滑膜壁が圧迫される部位(球節の前面など)に外傷が起こっていた、発症から時間が経って滑膜内の気泡が吸収されていた、などが挙げられます。つまり、このような罹患部の状態では、通常のX線検査による信頼性が低いことを考慮して、他の手法による精査が大切になってくると言えます。

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Photo courtesy of Equine Vet J. 2024 Jan 10. doi: 10.1111/evj.14050.
Video courtesy of West Coast Equine.

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