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馬の股関節炎

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馬の股関節炎(股関節の変性関節疾患:Coxofemoral joint osteoarthritis)は、稀に見られる後肢跛行の原因疾患です。ここでは、ドイツのハノーバー大学の獣医病院において、2002~2023年にかけて、股関節炎を呈した24頭の馬に関する症例集積研究を紹介します。

参考文献:
Sauer FJ, Hellige M, Beineke A, Geburek F. Osteoarthritis of the coxofemoral joint in 24 horses: Evaluation of radiography, ultrasonography, intra-articular anaesthesia, treatment and outcome. Equine Vet J. 2024 Jan 7. doi: 10.1111/evj.14053. Online ahead of print.

股関節炎の罹患馬のプロフィールは、発症年齢の中央値は14歳で(範囲は1~22歳)、性別は、牝馬が33%、騙馬が54%、牡馬が13%となっていました。品種としては、温血種が42%と最も多く、次いで、フリージアン種が17%、ハーフリンガーが13%となっていました。なお、発症年齢の分布は、四歳以下が13%、五~十二歳が33%、十三~十八歳が38%、十九歳以上が17%でした。

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症状としては、二ヶ月以上の慢性跛行を呈した馬が83%を占めており、初診時での跛行の経過は、中央値で三ヶ月半(範囲は一週間~11年間まで様々)でした。また、AAEP跛行グレードでは、グレード4が67%で、グレード5が33%であり、罹患肢は、左後肢が42%、右後肢が54%、両後肢が4%となっていました。

他の臨床症状としては、臀部筋の萎縮(86%)、触診痛(72%)、罹患後肢における立脚期尾側相の短縮(68%、最上動画、右後肢の股関節炎)、後躯を捻じっての歩行(65%、上動画、右後肢の股関節炎)、対側後肢の挙上不可(44%)、蹄弧の高さの減少(11%)、罹患後肢の外旋(10%)などが含まれました。なお、罹患後肢の屈曲試験では、股関節部の疼痛を確定することは難しく、約半数の症例で、診断麻酔やX線検査にて、遠位肢の疾患が除外診断されていました。

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診断としては、殆どの症例で股関節部のエコー検査が実施され、軽度の骨棘形成(26%)、中程度の骨棘形成(47%)、重度の骨棘形成(21%)が視認されました。また、一部の症例では、関節包の膨満が確認されており、エコー画像を描出しながら、検査肢を挙上させて用手で動かすことで、骨棘形成や関節包膨満の視認が容易になったことも報告されています(ダイナミックエコー検査、上動画)。

この研究では、診断手法の一つとして、立位での股関節のX線検査が実施されており、腹背側撮影位の変法(下写真)によって、股関節が描出可能となっていました。この撮影法では、罹患後肢を挙上および外転させて、罹患側の股関節の斜め上方にフィルムを固定しながら、大型X線カメラを左右後肢のあいだに入れて、上向きにX線を照射することで、股関節部が撮影されました(100-150kV, 200-263mAs)。この際、カメラには金属製の円筒(40cm長)が取り付けられ、散乱線によって画像が混濁するのを抑える工夫もなされていました。

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この研究では、X線検査での所見としては、軽度の関節炎(29%)、中程度の関節炎(33%)、重度の関節炎(17%)などが含まれましたが、寛骨臼の深さの計測値は、股関節炎の罹患馬と健常馬のあいだで有意差は認められませんでした。なお、下写真では、左側が軽度関節炎、中央が中程度関節炎、右側が重度関節炎で、*印が骨棘形成、黒三角印が関節腔狭窄、四角印が大腿骨頭靭帯の付着部の不明瞭化、黒丸印が軟骨下骨の透過性変化、+印は大腿骨頭の尖鋭化を示しています。また、X線画像上での関節炎の重篤度は、骨棘・関節腔・大腿骨頭靭帯の付着部・軟骨下骨・大腿骨頭の形状などをスコア化することで分類分けされていました(参照:X線画像での股関節炎のスコア法)。

この研究では、20頭の症例で股関節の診断麻酔(エコー誘導を併用)が実施されており、その結果、跛行消失したのが4頭、跛行改善したのが15頭、跛行が無変化であったのが1頭となっていました。また、跛行の消失または改善するまでの時間としては、注射後の5分後が1頭、10分後が7頭、15分後が4頭、20分後が2頭であったことも報告されています。さらに、関節液が採取された17頭では、白血球数は平均446個/uL(範囲は0~1,600個/uL)で、蛋白濃度は平均24.4g/L(範囲は14~38g/L)でした。

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この研究では、24頭の症例のうち、経済的な要因や、予後不良が推測されるなどの理由で、五頭が退院前に安楽殺という判断になり、残りの19頭に対して退院後の治療が試みられました。治療内容としては、股関節への注射療法が最も多く、ベタメサゾンのみの注射(2頭)、ベタメサゾンとヒアルロン酸の注射(10頭)、トリアムシノロンとヒアルロン酸の注射(3頭)が行なわれていました。他の治療法としては、フェニルブタゾンの全身投与(6頭)、スタノゾロールの全身投与(1頭)、ポリアクリルアミドハイドロゲル(PAAG)の関節内投与(1頭)などが含まれました。

この研究では、退院した19頭のうち、三頭が六ヶ月後、一頭が18ヶ月後に、いずれも跛行が難治性を示したため、安楽殺が選択されていました。そして、残りの15頭のうち、長期的な経過追跡ができたのは9頭でしたが、そのうち5頭は、重度跛行が持続したため、やはり安楽殺となっていました(退院後の平均生存期間は24ヶ月)。その後、残りの四頭では、股関節炎とは無関係の理由で死亡または安楽殺となっており(老衰が二頭、疝痛が一頭、頭部外傷が一頭)、退院後の平均生存期間は13.25年間となっていました。

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このため、死亡原因が不明であった症例を除くと(長期的な経過追跡ができなかった四頭)、馬の股関節炎における長期的な生存率は20%に留まった(4/20頭)というデータが示されました。今回の研究で調査対象となった股関節炎の罹患馬は、一次診療での治療が奏功せず、二次病院に搬入された症例のみであり、全頭が重度跛行(グレード4以上)を呈するなど、病態が進行していたと推測されるため、跛行が難治性の経過を示して、かなり低い生存率(二割)に繋がったと考えられました。

この研究では、死亡または安楽殺された馬のうち、七頭(10関節)で剖検が実施されました。そして、病理学的所見としては、関節軟骨の変性や糜爛が80%(8/10関節、下写真の黒三角印)と最も多く、その他に、関節辺縁の骨新生(70%、下写真の*印)、関節包の線維性肥厚(30%)などが認められました。さらに、興味深い所見としては、70%の股関節では大腿骨頭靭帯が断裂していた(完全断裂が40%で部分断裂が30%、下写真の黒丸印)ことも報告されています。加えて、寛骨臼の骨折、関節周囲膿瘍、関節内の遊離骨軟骨片、寛骨臼の浅化(股関節形成不全の疑い)などが、それぞれ一つの関節で確認されました。

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この研究では、馬の股関節における診断手法として、全頭で股関節のX線検査が行なわれ、また、八割の症例で股関節の診断麻酔も実施されていたことが特徴的です。これらの手法は、過去の症例報告では一般的では無いものの、今回の症例群においては、股関節炎の確定/推定診断の信頼性を増すために有益であったと考察されています。残念ながら、現状の日本における馬の医療体制では、大型レントゲン装置を用いて、立位にて馬の股関節を撮影するのは容易ではないと言えます(X線カメラを内股部に持っていくリスクも高い)。このため、股関節炎が疑われる症例馬において、特に、初期治療に不応性を示した場合には、エコー誘導を介した股関節の診断麻酔を積極的に実施したり、少なくとも、後膝より遠位に原因疾患が存在しないことを、包括的に除外診断することが重要なのかもしれません。

この研究では、九割以上の症例において、股関節部位のエコー検査が実施されていました。エコーは、X線検査と異なり、関節軟骨や大腿骨頭靭帯の描出こそ難しいものの、関節辺縁の骨棘や骨新生、滑液増量に関して言えば、エコーとX線での異常所見のあいだで、優れた相関が示されていました(カッパ係数=0.842~0.846)。また、罹患後肢を挙上させて用手操作しながらエコー画像を描出することで、前述のような異常所見を発見しやすくなるほか、股関節の不安定性を視認することも可能になると考察されています。それに加えて、上記の関節麻酔の実施や、関節液の採取のためにも、エコー検査の有用性は高いと言えそうです。

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この研究では、股関節炎の罹患馬における剖検において、大腿骨頭靭帯の完全/部分断裂が確認された症例が七割に及んでいました。そして、これに起因して関節不安定性を生じていたことが、関節軟骨や関節辺縁の重篤な組織変性を続発して、深刻な疼痛や跛行に繋がったことに加えて、関節注射療法の効き目が悪く、慢性跛行から予後不良を呈する症例が多かった要因であると考察されています。残念ながら、馬においては、ヒトや犬猫と異なり、大腿骨頭靭帯をインプラントで置換しながら、股関節を再形成する術式は実施困難であるため(ミニチュアホースでの症例報告はあり)、完全断裂に対する有効な治療法は乏しいと考えられます。一方、大腿骨頭靭帯の部分断裂に対しては、関節鏡での病巣掻把を試みた知見もあり、治療の選択肢ではあるものの、術前診断の難しさという課題は残ると言えそうです。

Photo & Video courtesy of Equine Vet J. 2024 Jan 7. doi: 10.1111/evj.14053.

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